山岳ガイド登山のご案内
AlpineGuide 青兵衛/青木昭司

原村便り

原村便り


原村便り NO28

東鎌からの北鎌尾根


 今年も夏は瞬く間に過ぎてしまいました。
『行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。』 鴨長明が無常観を表現した名文、ではあるけれど、毎年同じことを繰り返していると、逆に不安になってしまうのは、何と名づけられているのだろう。 『よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし』 方丈記ではここから住居の話になって行くわけですが、泡は同じ泡じゃなくても、永遠に泡です。御心配なく、バブル崩壊や不動産の話ではありません。私はアルパインガイドなので山の話。毎年いや、毎日でも同じコースを辿る、ガイドの登山の話です。

千天下渡渉点、渇水期を狙って、V


 北鎌尾根はこの夏3回トレースしました。毎年2〜3回は行くのですが、今年は6回のオファーがあって3回だけ行けました。お天気、悪かったですよね、ガイドにとっても無情な夏。でも、中日を入れずに湯股コースからと大天コースからのふた周りの予定が成功したのはうれしかった。繰り返す泡は泡でも、新しい経験だったからでしょうか。単に同時期での比較対象が個人的に新鮮だったわけですが・・・ 
自分ではない誰かのために専門分野のことを繰り返すから職人仕事は成立するわけで、お客様にとっての山登りはそうした日常を離れて、新鮮な何かを体験する時間であることを忘れないように心がけたいと思います。登山のあとの筋肉痛ですら達成感と、充実した時間の思い出になるように・・・

 
 ガイド暮らしももう15年を越えて、よく一番好きな山はどこですか?などと聞かれるのですが、よどみに浮かぶうたかたの山行の中で冬の八ケ岳は19歳のときから、ずーっと生活の場所だったので(実際は東京出身なのですが)ここは故郷の山。そしてその一方で槍穂高連峰にはなにか特別の思い入れがあって、奥穂は父、前穂は母、北穂は兄、ジャンダルムは親友等々、みたいな気持ち・・・ なら槍は? まあ、位置づけはともかくとして、そんな感じの愛着のようなものを感じています。聞かれているのが、そんな「子供にお父さんとお母さんどっちが好き?」みたいな・・・ じゃなくて、登山家としての冒険や憧れの話を聞きたいのだろうということはわかります。

 
 そういった愛着を感じる山々の中でも特に象徴的なのは、ジャンダルム。夏の西穂から奥穂への縦走コースは一般ルートではあるけれどもその困難性からガイドツアーではない、アルパインガイド利用のコースとしてもよくお供させていただいておりますが、なんといってもその容姿が『憧れの山』と言うにふさわしいように思います。残念ながらその本来の雄大さを表した容姿を見ることが出来るのは奥穂高岳付近や涸沢岳といった山岳地帯からだけなので登山者の為だけの秘峰ということになるのかな? 奥穂に向かってロバの耳という前衛峰まで持つ3163mの立派な独立した山頂なのに3千m峰の仲間に入らなかったのは単に名前のせい?チンネ、ドームみたいな岩稜の一部とするには独立しすぎてると思うけど。↓の写真右奥から、ジャン、岩峰がロバの耳、奥穂、手前に高く涸沢岳、岩峰が滝谷ドーム、北穂です。遠眼でも奥穂と肩を並べる立派な山なんですよ。


 この夏、穂高岳山荘の写真展で素晴らしいジャンダルムの写真を展示されてた、穂高の写真家、内田修先生の2012カレンダー「穂高」が発売されてたそうです。見本もある穂高小屋リンク↑から。お買い得価格ですし、カレンダーなんでもう増刷は無いかも?ですが・・・

さて、
長らく更新もしないで失礼いたしました。
冬に向かって、西穂高岳八ケ岳横岳のご紹介をUPしました。  
 この冬こそ雪山の世界へ!
 よろしくお願い申し上げます。

2011年10月25日
では、次の山行にも好天を期待して…
アルパインガイド青兵衛/青木昭司




原村便り NO27

 「秋の陽はバイオリンの響き・・・」 冷たく澄んだ空気の中にあっても暖かな陽射しを感じるような時、フランスの詩人にとってもそんな時の曲想はビバルディなのだろうか? 目に映える紅葉も鮮やかならば バッハのチェンバロ曲あたりのほうががふさわしいのかな? などと思いつつ、原村、富士見の山村を足下に諏訪湖越しに遠く穂高の山なみを望む。 もう30年も遡る20代の頃の古びた思い出なのだけれど 『穂高岳山荘の厨房で朝食どきの曲を選んでいる時のような気分に浸っている場合』 でもでもないよな? などと自問してみるのもつかの間、岩稜にロープを握るガイドの自分にもどる。

 山登りは自分自身が山の空気に生身を晒す事で初めて山登りになるわけですが、日常生活を離れて、それなりの思い入れをもって真剣に山と向き合うとき、そこには誰にでも、音楽のように感じられる 「何か」 があるのではないでしょうか? けれども、それは、その時のその人と山との向き合い方で生まれる微妙な一瞬の閃きのようなものであって、どこかの詩人に通訳してもらっても困ってしまうものなのじゃないのかな?等と思うわけです。 そもそも冒頭の 「バイオリンの響き・・・」 も それがヴェルレーヌなら 「落ち葉舞う秋風がうらぶれた我が身にしみる」 みたいな詩だっただろ? って言われていそうだし・・・ 「バイオリンの音色なら冷たく震えるべきで、陽射しならせめてチェロなんじゃない?」 という皆様の感じ方のほうが的を射ているようにも思います。 

 ということで、山行中のこんな気分から、ガイディングのあり方というようことを考えてみたわけです。 なんといえばいいか、こういった、その山行のバックミュージックみたいなものがあるのだとすればガイドがそれを選曲してしまわないようにしたいかな、みたいな事なのですが・・・

 私のようなアルパインガイドのガイディングスタイルではコンティニアス、ショートロープといった、同時行動による岩稜雪稜登攀が多くなりますが、基本的にお客様独自のペースでの激しい息遣いや緊張感が登攀のリズムを作ることになります。 ガイドも張るでも弛ませるでもないロープでお客様の呼吸を感じつつ、地形の緩急や立ち止まれるテラスの状況との間合い等も計りながら前進することになります。 そんな時の頭の中はといえば、足元の踏み固めた雪やアイゼンでのスタンスが2人分の体重を支えるだけの安定感があるか、上部からの落下物の可能性やそのフォールラインはどこか、雪質、天候や地形の変化による雪崩や風当たりを予測してみる、などと常に神経をすり減らすことばっかりなのがガイドの山登りなわけです。
 「私が自分の足元に不安定を感じた時とかには、ぱぱっと経過的に前進しちゃえるように、手持ちロープにも余裕をもたせてるんで、そのつど調整しながらゆきますから、そういうときには逆にのんびりと自分のペースで登ってくださいね」 などとお願いしてはあっても 「結局、無我夢中で余裕も景色も何もあったもんじゃないですよね」 といわれる場合が多いのも事実です。 でも本当は、この無我夢中という純粋な状態が山にある「何か」 と出会うために必用な気がします。

 山を楽しむということでの純粋さを言うのであれば、無論、単独行での自由度や直裁性は捨てがたい。 でも、安全面を考えれば、冬の登攀などでは、安易な単独もちょっと許されるようなもんじゃないかな。 ということも多いのではないでしょうか?  許容出来る体感温度などで個人差が大きくなりがちな冬の高山では、ツアー登山というのも意外と難しいことだろうと思います。 入門向きな登山教室は基本講習重視になってしまい、数を重ねれば煩わしいことも多くなります。 パートナーが見つかるのであればグループ登山での共同作業というのが登山の王道ではありますが、これもレベルや体力、嗜好性、登山スタイルといったもので案外足並みが揃いにくいものなのかと思います。 そこで個人ガイドという登山形態なのですが、あえて自然に生身を晒そうとする登山者が真正面から山と向かい合うことができる登山、そんな素朴さに一番近付けるひとつの形がガイド登山なのではないかなと思った次第です。

 秋の終りから厳冬の冬山シーズンへ。 ガイディング論でも書いてみようかと思ったのですが、山はまず行かなくちゃなので、結局、冬の山岳ガイド登山へのお誘いになりましたが、原村の我が家から見える八ヶ岳や甲斐駒、富士山の雪もぼちぼち定着してきたみたいです。 
 恐る恐る初めてみようかという冬山入門から、あらゆるバリエーションルートの踏破まで、安全で楽しい皆様の登山をサポートして行けることを楽しみにしております。 今シーズンも八ヶ岳は暖かく皆様を迎えてくれることと思います。 冬だけど・・・

 数十秒さえも立ち止まることを許さない烈風が吹きぬける横岳の稜線。 その場所だけ風の緩む尾根を背負った岩峰の陰に身を寄せる。 冷たすぎる風に乱れた呼吸を整えるわずかな休憩の時、凍傷の予防にと目出帽の隙間から氷を払って暖めた眉が再び吐息と汗を凍らせて冷風に震える。 自分の緊張感とは別にその眉の毛先だけが風と語る。

原村にもうっすらと雪の積った日に

では、次の山行にも
好天を期待して

2010年12月
アルパインガイド青木昭司





原村便り NO26
 
1月初旬は2〜5日、6〜9日の予定で2回の槍ケ岳行。
かなり強い冬型の天気図で、『こりゃだめか ?』 との思惑に反して
なか日はどちらも好天に恵まれた。
 今年の北アルプス南部の雪は少なめだった。 頂上付近などは南岸低気圧の雪が早かった八ヶ岳のほうが多いくらい。 そもそもこのおもいっきり冬型気圧配置で降雪が無いというのも珍しい。 また、春遅い大雪型になるのだろうか?

 ルートとして正月恒例であてにしていた大喰岳西尾根(↓写真右の尾根)は、先行していた知人らから宝の樹で引き返した、という情報を頂き、迷わず中崎尾根(↓写真中央)経由。 冬型の残る3日は西鎌の稜上あたりから強風で下山してくる人の顔がみんな一部凍傷っぽく黒かったので、4時間ちょっとの行動で幕営地を決める。 とっても穏やかな中崎尾根上の陽だまりベースで2日も過ごす贅沢をさせていただいた。 贅沢すぎる飛騨側からの槍穂高連峰の絶景、今、振り返れば、アタックの槍登頂のほうがついでに登ってきたかのような印象になっている?

 6〜9日の予定は、奥丸山下までとなった。 ↑↓の写真。 好天の期待を他所に小雪の中、槍平に入り、翌日無風晴天の奥丸付近まで。 この時は寒気も入らずホントのポカポカ。 8〜9にかけては下り坂の天気予報ではあったけれど、タイミング的には良かった。 めったに無いチャンスといえばそうではある。 所詮、マンツーマンのガイド登山。 お客様の体調とか登山の大前提、自由な気分での意欲というのは大切にしたい。 八ヶ岳流登山の『風林火山』。 「疾きこと風の如し」 本当は登頂してからの脱出のことなんだけど・・・、もちろん撤退のばあいでも・・・。 

では、次の山行にも好天を期待して・・・

2009年2月1日 
アルパインガイド青兵衛 青木昭司






NO 25

 10月ともなれば、3千m峰では秋というよりも雪の心配でガイド依頼も安心して受けられない。
 「雪が来ていなければ行きましょうか・・・」
 みたいな、予定の組み方になってしまう。 かといって無雪期最後のチャンスに剣の八つ峰とか槍の北鎌尾根を目指すクライアントに
「低山の岩登りや新雪の奥穂じゃどうでしょう?」
 と言うにも雪はたいてい少なすぎるし、登山がしたい人に岩登りをお勧めするというのも忍びない。 山のガイド的には困った季節です。

 でも、今年の夏の天候不順のためか、9月末〜10月初旬にかけて連続で剣岳の予定になってしまった。  実際には9月末の台風の接近で順延やらキャンセルやらもあって、結局は3泊4日で八つ峰2日連続みたいな行程になってしまいました。 また、「あんたは、効率の悪いガイドさんやねぇ。」 と言われそうな気配は判っていたのですが、当初の予定は2泊3日の3連続。 大分効率よくなっていたのでした。  もっとも、そんなに好天は続く訳がないことはわかってましたが、日程変更大正解で山行中は秋晴れが続きました。 

 秋は剣の大きな魅力、雪渓が縮小してクレパスやらの乗り越えに苦労するのは承知してたのですが、今年は本谷の平蔵や長治郎出合付近ですらがアナボコが空いてスノーブリッジでひび割れが毎日拡張していってるのをみてしまいました。 恐らく万年雪の崩壊が一気に逝くということは、無くはないと言う印象を受けました。 不安な谷底に対して稜線はと言えば、清涼な秋の空気で富山湾を望み、夕立の不安に追いやられることも無くのんびり気分で(疲労感?)最高の縦走。 午後も2時を過ぎると毎日谷底から上がる雲も発達せずに滝雲のように落ちて消える。
 でもやっぱり、剣は真っ白い雪が谷をうずめる春と初夏にまた来よう! 


 10月13日の槍ヶ岳。 はっきり言って事前に日程を組んで行く、ガイド登山としては限界の季節。 既に初雪は当然としても最近は根雪になるのが遅いのでいったん解けて小春日和ということも多い。 それでも錫杖とか北岳のようなショートルートが無難と思うけれど、
「まあ、直前に決定しましょう。」 
みたいな益々当てになんない予定の入れ方。 大天井ヒュッテに至っては営業最終日だったそうです。 このときも暖かく、なんでもう小屋閉めちゃうのかな〜っていう感じだったけれど、ぼくが穂高の山小屋で過ごした2〜30年前は10月末は大抵、新雪の山だったっけ。

 秋は陽が短いのがちょっと寂しい。 朝も暗い時間の行動が長い。 夏の感覚で貧乏沢を降りれば 「今日は日が昇る気が無いのかよ。」 と思うあたりまで暗い。
 頂上が3時頃でも 「ぼちぼち日暮れかな?」 と言う気分になる。 延々と続く同じような岩稜は夏のように雷の心配で先を急ぐこともないけれど、西の空がちょっと厚めの雲になってくれば、夜から雪にならないかと不安にもなる。 風も静かな一日だったけれどじっとしていれば寒かったか。 頂上を拍手で迎えてくれた皆さんありがとうございました。

 翌日は午後から雨、頂上は雪予報が出ていたのでなかなか明るくならないのを承知でもやっぱり早めに下る。 この季節、弁当はもう冷えすぎてかたい。 雨は河童橋手前からパラパラと振り出した。 ガスの合間から見えた山肌が白かったような? 午後は大雨になったので多分崩れ始めの雪も溶けるだろう。


2008年10月25日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



写真は08春の奥穂

秋の陽の寂しさも雪が埋めるまで・・・
早くこいこい 雪山シーズン!

ご予約受付中です。




NO 24

 剣岳 長治郎右股〜三の窓雪渓、奥穂高岳〜西穂、槍が岳北鎌尾根、剣岳 長治郎左股〜北方稜線〜仙人池、前穂北尾根四峰正面、滝谷四尾根、ドーム中央稜、黒部川上の廊下。

 サマーツアーの始まり海の日がらみにいきなり残念の雨で中止があったけれども、この夏前半は格調高く長目のクラシックルートばかり、よく歩かせていただきました。 

 さほど好天が続いたという印象の夏ではなかったように思うのだけれども、めぐり合わせよくあまりカッパも着た覚えがありません。 感謝、感謝。 四峰正面の核心でアラレ、豪雨をおみまいされたのが雨の山行の思い出かな? 登山に午前10時から12時の夕立?はいけません。 難しめの人口登攀中のお客様待たせてカッパ着るわけにもいかないし、ハング下のトラバースは滝の中登ってるようだった。 上の廊下の泳ぎより寒いし・・・ 涸沢までの下降で服がほとんど乾いたのはホントうれしかった。

 事前には残雪の多かった剣岳の様子から水量や水温が心配だった、黒部川上の廊下、8月13〜14日水は安定して、むしろ局地的豪雨の心配される空の狭間を駆け抜けるような気分の山行になった。 豪雨は3泊目の太郎小屋に着いた13:00頃すぐにやってきた。 有峰林道もとまったようです。 下山しちゃわないで良かった。 というより脱出大成功か? なんとover70のクライアントの集めてくださった薪での焚き火、ひとり2合のカップ酒ビバークといい、なんとも幸せな夏の沢の思い出です。 またまた感謝! そうそう、ロープ引いた泳ぎで対岸の岩につかまり損ない初めて失敗した。 引き返すときロープは足に絡まる。 これをはずそうとすると体は沈み変な水流に引込まれれることもあるようでした。 余裕かまして帽子とメガネで泳ぐのはもうやめます。 まあでも来年には忘れてるような・・・  


 さて、夏も後半から秋へ〜 剣、穂高、穂高、剣、穂高、北岳、穂高、北岳へと・・・
故郷の山々がこれからも、そしていつまでもやさしく迎えてくれますように・・・
 ゲリラ豪雨は勘弁です。




2008年8月20日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



7月20日の室堂
 


NO 23

 「風景との対話」 - たいそうなテーマで作文しようと思っている訳ではなくて、古本屋でふとタイトルが気になって買った本。 日本画家の東山魁夷さんの書かれた作品を通じた風景論〜自伝なのでしょうか? なんと裏表紙に川端康成さんの書評があります。 - 美しく華やかな本である。読んでゐ、自然の啓示、人間の淨福が、清流のように胸を通る。・・・ - (新潮新書) - です。

 私たちが登山を楽しむ中で、風景は夜明けから夕暮れまで一歩一歩、一寸一景で付いてきます。 画家が風景と出会う為に旅をしてその風景を作品に仕上げるという作業の中での「風景との対話」と、自然の中を歩くなかでの対話では対話の質は相当違うようです。 でも、風景画家が作品に何かを盛り込んでゆこうとする姿勢に、登山での「風景との対話」と言うものが実際は自分自身がその時そこに何を答えようとしているかを見つける作業だということに気が付かされました。

 「郷愁」という作品は八ヶ岳山麓に題材をとったものだそうです。 高校生の頃から八ヶ岳通いだった僕にとって、20代を過ごした穂高岳山荘から毎朝眺める山並みはなんとなく「郷愁」という気配を感じるものだったのですが、そこの図書室穂高文庫にあった山岳写真家田淵行雄先生の写真集 「浅間 八ヶ岳」という古い山麓からの八ヶ岳の写真とであったとき、「やっぱり故郷の山というのはこれだな」 と勝手に望郷の思いを作っていたようです。 ちなみに既に生家はありませんが東京育ちです・・・。 「風景との対話」 三章 川のほとりにて には自分自身の山暮らしの始まりが重なるような想いで読んでしまいました。

 山の楽しみも湿りがちな梅雨時の読書話でしたが、この時期、時間が空くのを利用して、玄関脇の風除け作りや古くなった壁紙の張替え、完成を許さない趣味の自然派ガーデニングなど山麓暮らしのいつの間にか過ぎて行ってしまう時間を楽しんでいました。

 さて、いよいよ夏山。 梅雨時から大雨が多く、今シーズンも暑く、激しい夏になりそうな気配です。 皆様の安全で素晴らしい夏山山行をお祈り申し上げます。
 

2008年7月16日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



末娘COCOです。

「おい、どこで寝てんだ」
「いーの!アタチはお花畑がにあうの!」
「似合うのはドーでもいいけど花全部食うなよ!」

はぁ〜あ・・・
また、暴れるぬいぐるみだよ。





原村便り NO 22

 ふと気がつけばもう3月です。 短かった2月が行くと3月はかつてないべた組みのスケジュール。 2月は撮影のお手伝いに時間を採りすぎて山行が3月に纏って来たのか、単にCO中毒で2月の記憶がで飛んでいるのか・・・  
 この話、既に多くを語りたくない思い出。 八ヶ岳を紹介するための番組作りだったのですが、ガイドでありながらヘリで降りてしまったなんとも悔しい山行。 ともあれ宿泊者の緊急避難や通気の確保に通路を走り回っていただいてしまったNHKスタッフの方々が軽症で済んだことは何よりではあります。 CO中毒、一般的山岳遭難とは違って火事場に突っ込んでいくような覚悟もないのに動き回ることができたものほど危険が増大していたというのは、なんともいやらしい状況だと思いました。 

 

 2月中の山はラッセルの山行が多かった。 温暖化と言われていても、八ヶ岳は冬型気圧配置と寒気による降雪が積雪量を増やしてゆくということは少なく、南岸低気圧で雪が増えてゆく性質なので、温暖化で積雪が増える可能性はあっても積雪減ということにはならないらしい。



左下
赤岳鉱泉恒例アイスキャンデーカップ当日、クライミング技術の紹介映像を作りに武藤プロとともに八ヶ岳へ現れた、穂高のハチプロ。 

 実際のところ、八ヶ岳の魅力をいろんな角度から紹介していただけた、本当にありがたい時期だったんだと思う。


 久しぶりに硫黄岳から横岳の縦走へ行った。 最近はよりガイド登山っぽい大同心稜から入ってしまうことが多くなっていたせいか、たぶん2年ぶり。
 濃い目の雲が行き来するけれど、風は強くもない、何度通っても決してたどり着けないどこかに続きそうな懐かしい道を行く気分だった。 


 春らしい日差しに、日焼け止めやサングラスもはずせないような日も増えてきた。 どうやら去年から黄砂で鼻がぐちぐちするのは治っていないようで残念。 冬は ぷち、ぷち としか鳴かなかったヒガラが つー、つー、ぴー とのんびりと2回ほどつぶやいた。
 
 美しくも素晴らしい故里の山の自然をより多くの方に安全に楽しんでいただきたいと願っています。

2008年3月6日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司





赤岳山荘にいるポッコのおにいちゃん (元?)
春も近くなり、でかくなってカモシカらしくなってきた。





原村便り NO 21

2008年 あけましておめでとうございます。 

本年もお客様に支えられつつ
素晴らしい山々と共に在りたいと願っています。
皆様の自由で創造的な登山のパートナーとして
理想的なガイドを目指して努力してゆきます。

よろしくお願い申し上げます。


原村 自宅前 元旦の朝 寒! 
テレビのご来光(富士山上空?ずる?)見て、お雑煮戴いてる間に茜雲終了でした。惜!

 今年の年末年始もまた脅されてるようなお天気予報です。 実際31日の阿弥陀岳南稜では寒過ぎの爆風の稜線で、お客様ともども(あたりまえか?)登頂を辞退させていただきました。 前日30日の赤岳頂上はホワイトアウトの大雪の中でも気温はそこそこだったのに・・・。 寒気団で激変の山。 そして元旦は家族でお雑煮の後、富士に向かい新年の志新たに故郷の山々に感謝! 

 比較的穏やかだった12月の山行を思えば、「自然が世相に日頃の行いを問う」といったところか・・・? 脅し予報に狼少年のような気分ですが、奥山に入る皆様、無理なさらぬよう・・・

 だけどもアイスクライミング的にみると、おばちゃんキャンデーとか美濃戸口とか2000m以下でも、やっと氷が発達しそうなピリッとした空気になったという感じ。 案外良い冬シーズンになりそうです。


強い冬型の八ヶ岳は2000m付近から雲の中ということが多い。
凍傷になりかけたほっぺたで省みれば極寒の吹雪の稜線に追い返された自分の姿が見えるようだ。 まだまだ寒風の中とはいえ山麓の村から雪雲の厚い穂高方面、陽の当たる諏訪湖の平地を見下ろせば、吹雪に阻まれ果たせなかった今回の山行が悔しい。 
でも、八ヶ岳はフレンドリー。 すぐにまた来れる。

下は年末28日の赤岳からの富士。 
行者小屋出発時、諏訪湖上空にあった鯨雲は八ヶ岳を覆う暗雲となった。
韮崎から甲府は陽が射しているのが見える。

 明日からは奥穂高。 一昨年末、先頭で突っ込んで敗退中すれ違った大勢と、逆向きにすれ違っての好天狙いのつもりでしたが、まだ大雪続きかな?


 本年も皆様に 安全で楽しい登山が続きますよう お祈り申し上げます

2008年1月1日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司

追伸
3日、参賀の僕達に西穂、ジャン、南岳、北穂、奥穂と
順次一瞬づつ笑顔を見せてくれた。
山の神様おねがいだ〜。 山岳事故の無い一年を!

涸沢岳西尾根 意外に締まった少な目の雪。 2×2パーティーのみ。
滝谷を目指す先行を追い越すと白出側は点発、滝谷側は板状誘発の不安
毎度のことですが先頭踏むにはロープ要ると思った。


S

11月の八ヶ岳 もうすぐ冬がやって来る。 行者小屋も小屋締めとなり、山小屋の仲間たちも季節区切りのウチアゲヘ。 なぜか僕は小屋番というか留守番。 これから頻繁にお世話になるであろう山へのご挨拶であります。 霙交じりの雨の2日、だーれも居ない山小屋なんて何十年ぶりだろう。 あー寂しかった。 何も仕事ないなんて… でも無いか、山の気配だけは、かな? いいの、風林火山の土地だから… 不働山如。

 
今年の夏もとても忙しく、
どの山も本当に楽しかった。  
ありがとうございました。

そして
故郷の山河に
感謝です!




最近の気候は
温暖化というのか
不順というのか
例年並みとは最近10年の平均を言うらしいけど
今年は盆過ぎでも三の窓雪渓が安定していた。

すばらしい日本の山をいつまでも楽しみ、そして伝えてゆきたいものです。

 あまりにも長いことホームページ更新しなかったせいか、文章の書き方を忘れてしまったかな?  カナリアでももの書きでもなく、ガイドなんでお許しください。 
 こんなことを言うとガイドの大先輩、既に故人ですが堀田弘司さんが、さらに先輩の奥山章さんに言われたことがあるという、 「ガイドたるもの1時間くらいの講演は今突然でもきちんと出来なければいけない。」 という言葉を思い出し、精進しなければ、とは思います。 今度ね。 今度今度というもんに山は登れないともよく言うか・・・ 伝えたい山の感動が溜まり過ぎて飛んじゃったということで・・・ 言い訳 恥ずい。

 
そういえば、この夏、穂高岳山荘でたまたま居合わせたカメラマンの渡辺幸雄さんが、「僕は堀田さんの紹介で北穂小屋に入ってカメラマンになったんだ」 といっていた。 ほう、掘田ガイド門下のカメラマンか・・・ というわけで、僕は元祖穂高の写真家、山本和雄先生の門人による 黒い腹の会? 出身ということで山本門下のガイドということでどうだろうか? 畏れ多いか? 無理に何か語ろうとしたら故人の話ばかりになってしまいました。 私のような若い盛りのガイドが・・・  思い出は美しい。

いよいよ、冬の八ヶ岳ガイド始まります。 
今シーズンも皆様の安全で楽しい登山のため、バリバリいきたいと思います。
よろしくお願い申し上げます。



2007年11月11日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




R



 ガイド登山も夏山らしく久しぶりに西穂山荘現地集合。 梓川の流れは、梅雨末期らしいたゆやかさだ。 川床が上がりすぎでまた一本川に掘られちゃうのかな。 涼しめの梅雨だったためか、雲間には岳沢上部の雪渓もすこし大きめに垣間見えた。

 登山道をひとり歩くとき山の自然はもっとも饒舌になる。 その空間に人間が2人だと半分、10人だと10分の1だ。 ウグイスの谷渡りは明らかに自分を警戒しているわけであり、ルリビタキは 「チズクライ ヨマナクッチャ ダメダヨ」 と鳴く。 オオルリの場合は「コリャ チーチェーケド チチ」と歯切れが良い。 メボソムシクイが 「ソノトーリ、コノトーリ、ユートーリ」 とはやす。 ついでだから書いとくと、ミソサザイというビールにあいそうな名前の小鳥はやたら早口の巻き舌で解読不明だが、たぶんラテン系言葉かな? 「チチチボンジュール、チチセニョリータ、チチチムーチャスグラシャス、チチムーチョグスト、チチポルファボール。」 みたいな美声を披露する。 
ボクはコノ聞きなしで疲労する。
 (鳥の声ご参照はリンク集にありマス)
本当は何も語ったりしない巨樹を見上げたとき、微風に雨滴を集め、梢から落ちる水滴を頬に受けた。なぜだろう、この巨樹が枝を震わせながら風と語った秘密の痕跡を与えられたような気がした。 そういえば小雨模様の日は、土の匂いに敏感になる。 この巨樹の長い時間の中で造った、その土壌の気配に酔わされたってことだったのかな? 

もう20数年も前のこと、アルパインガイド協会の先輩、 いや、当時僕はガイドになっていないので酒飲みの先輩かな? 故長谷川恒男さんと、僕が小屋番していた山小屋の薪ストーブを囲んで飲んでいたとき 「山の声を聞いたことがあるか」というような話題になったことがある。 僕も単独登山嗜好だったけれど、自然に対しては当時も今も極力ニュートラルなスタンスであることを心がけているので、「そんなことは無いですよ。」 みたいに答えた。 彼は怪訝な顔で 「お前はつまんないやつだなー」 みたいにいわれてしまった。 それが山を愛する人間にとっての当然のあり様だと思っていたようだ。 確かに彼のような強烈な個性の人間には、自然もそれなりの強烈な個性を返してくるということなのだろう。
 自然に対峙して何がしか語りかけたとき、帰ってくるのは自然を通したその人の答えだと思うんだけど・・・ 
 
 というわけで、登山という人生の時間の中で、自然にとって自分がオンリーワンであるということを感じられる穏やかなときを大切にしてゆきたいものだと思う。 もちろんガイド中は、この主語はお客様になるわけでありますが…  ぼくがガイド登山をすることがあるならば、ガイドは空気のような存在として、その任務を淡々とこなしている、というのがいいけどなー。 そこに生身を投げ入る人だけを山がもてなす。 所詮ガイドは仲介者だと思うのだけど。 - 「君、それはサボりの言い訳じゃないのかな?」 という山の声は聞こえた。

西穂〜奥穂の縦走は雨の予報に阻まれ、どう言うわけだか予報が曇りだった八ヶ岳の横岳だけ縦走に転進してしまいた。 吹き付ける雨の中3千mの縦走は辛すぎるかもということで。 マンツーマンのガイドはお客様のタイプに合わせて行程も時間も変更が自在というのがとり得。 翌日の穂高岳山荘泊の予定は赤岳鉱泉泊となってしまいました。

お客様にとって初めてだった八ヶ岳は満開の高山植物で歓迎してくれていたようです。




2007年7月23日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



Q


 原村に定住しだしていつの間にか10数年が過ぎた。 ガイド専業とほぼ同年だから15年近いかな?
 庭のウッドデッキやらパーゴラ?が腐ってきたのでこの際改装しました。 SPF材だったパーゴラは新興の花壇などで基礎部が埋没して腐っていたので土台を上げて切り詰めれば良いんだろうな? とは思っていながら当然のように数年間手付かずだったものですが、ウッドデッキのねじれが酷くなってきたことや、拡張化のリクエストがあったので両方やっておこう、という結果となりました。 材も豪州檜という堅材に出世しました。(ガーデニングページもご参照ください。)
 

 実際は思いつきの設計で材を仕入れたので、ウッドデッキの基礎や手すりになる部材がパーゴラに流用され、計画的に長年作ってみたかったトレーニングボルダーにしてしまった、というのが本当のところです。 わーい!  うちのデッキ本当は束石にのったスノコです・・・。 でも 2m80cmあった主柱は小庭にはでかすぎ、という家人の反対にあって40cmツメました その材は可愛げな作り付けベンチになってます・・・orz。 今はまあそれなりに飛び降りても怪我しない高さでよかったかも? ということになっています。

 ホールドは拾ってきて削ったやつ というわけではなく、お世話になっている山の保険屋さん(保険そのものではお世話になりたくないんですけど・・・)でネット販売もしている擬岩タイプのホールドです。
 一部で始めは石無しでもトレーニング出来るはずだった、とか自然石で小屋掛けすれば要らなかった? とかいう意見もありますが、これはなかなかトレーニング的モチベーションが上がって良いものだと思います。 
 実際には小川山はじめ河原のボルダーなどは スポーツタイプのコンバーチブルなどでチョイっと出かけるのにはちょうど良い距離ではあるのですが、石ころ登りなんて素面でできるか! 設問1 夏の夕涼みはビールである= はい。 というクライマーにあるまじき性質ゆえの、貧しさに負けたというよりは世間に許されないという問題もクリアーできます。ナイター設備完備だし(投光器)。

 ガーデニング的には苗木だった庭木も大きくなって庭らしい趣が出来てきたところでしょうか? 苗木を持ってきてあちこち植えてたので動かせなくなってゴチャゴチャ混みすぎかも? はじめから大きい樹を植えればよかったと何度か思いましたがこれは単に、貧しさに負けた〜です。 自分自身も風格あるガイドに育っていれば良いのですが、単にトレーニング無しでは力、体が維持できない年齢になったということのようです。

 さて、 梅雨入りはしたようですが雨量が少なめで気温が上がらないような。 
山にはいい日も結構有りそうです。 いずれにせよ、夏山までには普通の気象にもどっていただきたいと心底、願っております。
 このごろでは懐かしいような、夏山のお客様からの便りも増えてきました。
相変わらずお天気が予想できてからのお申込みでいけておりますが、日程の限定されるお客様はお早目のご予約をお願い申し上げます。


2007年6月26日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




 
 久しぶりにガーデニングのお話をさせていただいたので 「山や的オーニング?」 のご紹介。

用意するもの
物干竿2本、タープ、固定金具6〜8、チェーンリンク6、ロープ、細引き、カラビナ2
  1. 要するにタープ(シート?)の両端を物干竿の太さでミシンがけしただけです。
  2. 物干竿(テレスコ)へはマストノットに小さなカラビナで。 
  3. 固定は上下固定金具からチェーンリンクに細引きでオートフリクションヒッチしたロープ(中央カラビナ掛部分は駒結)で張、上下が調節出来ます。 雨の場合、日除けの場合などで勾配を変えます。
  4. 無用なときは当然手動で丸めてカラビナ部で軒下に吊っときます。
  5. 支柱が必要ですがこの際クライミングボードに・・・


P


 今年の春の雪質の変化は例年にないく激しい。
 冬の雪を見ていても冬型が長続きせず南岸低気圧ばかりだったので一抹の不安は感じていたけれど、3月の雨と4月の寒さでガチガチに凍っていた不安定な雪が連休中に一気に緩んできたようだ。 

 恒例奥穂への行列は連休前に切れたブロックの上部が残る小豆沢のデブリを嫌って涸沢岳側を登下降していたけれど、暖まってきた連休明けには涸沢岳稜線の雪庇はどう見てもテンパッテいるような?  その上なんと北穂沢ゴルジュ右までがまたしてもブロックを残した底雪崩。 苦難の春、1月のクラストザラメがそのまま根雪になっているのだろう。 残ったブロックには3本の氷の層が見られる。
 ポカポカ陽気の涸沢から、どこがなだれてもおかしくないか?
と納得できるような底まで刺さるザクザク雪のザイテンを登ってゆくとなんとレスキュー訓練の一団が除雪後の雪壁を登っている。 確かにいきなり寒くなった。 3千mには未だに寒気が居座っている。 稜線はこの2週間を通じて真っ白なままだ。 今シーズンはまだ一度も雨が降っていないそうだ。 雨予報のため行けなかったけれど連休前半、凍ったような雪の頂稜を快適に歩けた吊尾根は今でも締まっているだろうか? はたまた・・・


 最初の入山では雪がとっくに消えている上高地で芽吹きの始まらない木々や乾いた裸地に 「春の草は雪融けと同時に出てくるもんじゃなかったんだな?」 と異を感じていたものだけれど、二厘草は芽を出すと数日でいっきに花を付けた。 真っ赤だった樹のこずえにもみどりの気配。 今年は沢渡や中の湯も上高地も−原村もか・・・ ほとんど一緒に芽吹きの季節がやってきた。 





 これから入梅までが、日本の山がもっとも美しく輝く季節。
後立や剣はどんな表情で迎えてくれるかな?







それでも5月11日の下山日には上高地の春がやってきた。
サラダバーほうばりながら 「寒い春はいやだったよー」 だって・・・

2007年5月16日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



山でも鈴の音を聞くとつい 「ハナ〜」 と呼んでしまう私・・・
 


 N

冬のホームゲレンデといえばジョーゴ沢。 クライミングパラダイス南八つ西壁の中でもお手軽で雪崩も避けやすいので高校生のころから日和見の度に冬山を教わってきた。 氷の上にも30年。 道具の進歩はクライミングをを変えた。 初めのころやっと手に出来たのはその年一番みたいな低温の日には刃先が折れるアイスハンマーと借り物のウッドのバイルだった。 アイススクリューは効き出す深さになるころにはは氷が割れはじめるようなものか、草つきには良く効く打ち込み式だった。 やっとシットハーネスが普及しだした頃だったように思うけれど、登攀具は5年ほどであれもこれも良くなった。 クライマー自身のグレードアップも目覚しいので人間も進化したのかな? とはいえ、ずっとロープ直巻きと怪しい支点で登り続けていたら進化する前に淘汰されていたかもしれない。 人気が絶えることも稀な今では、滝の落口から新雪上に飛び降りて下山しても氷のかけらに激突の心配すらなかった頃が懐かしくもある。 でも、たまには素直に物質文明に浴せることにも感謝しておこう。   

今年は本当に暖冬のようで風の名所、乙女の滝(写真上)にすら庇ができていない。 氷瀑の庇は絶え間なく吹き付ける西風が作る厳しい冬の八ヶ岳を代表する自然の造形美。 最近雨も降ったのでそろそろ恒例正月祭り後のぼろぼろ氷状態も終わりになるかなと感じて、好天予報の2月後半の1日、庇ができだすジョウゴ沢の写真でも撮っておこうと思って山小屋仲間と出かけてみた。 無念! 青くもないぼこぼこの乙女が悲しい。 おまけに珍しく好天予報が冬型に外れた。 寒い。 ぽかぽか陽気にのんびりと撮影の練習でもと思って出かけたのに、雪も舞いレンズ交換も控えることとなってしまう。 光が不安定な上、雪で霞む。 被写体となってもらった岳沢から八ヶ岳へ冬の出稼ぎ小屋番という奇怪なクライマー今井君が好モデルだったのが救いか。 ただし彼の日頃の行いが○いことはこの日確定。 登山家としては致命的である? 勿嘆 壺中有天。 

 下はナイヤガラ上のおちゃめな滝。 例年は雪が溶け始める頃からできる滝なのですが今年は1月からあった。 お茶女? (期間限定高画質版はこちら。) 左右の写真は1月に滝巡りで訪れた時の大滝とナイヤガラ。 今は下部がさらに雪で埋まっているだけ。 ここまで発達が遅いともう古きよきあの頃の滝は戻らないのではないかと不安になってしまう。 足繁く通う僕たちにとって、年によって氷の出来方も様々、クライミングの難度もその時次第、ということも確かにアイスクライミングの魅力ではある。 温暖化に負けず観光的にも感動をよぶ氷瀑を懸け続けて欲しい。 ほんと、二酸化炭素削減のためシャッターをきる間息を止めることを誓おう。 吽。

 そういえば、夕焼けが赤さを失い、大正池を掘り始め、梓川の流れさえも自然のままの情緒を失いだした二十数年前、僕はカメラを離れた。 ― 本当はフィルム代や現像代が次々と良くなってゆく山道具になっちゃっただけなのですが・・・ 。 残さなければならないのは映像やすぐ時代遅れになる倉庫の山道具ではなく、今ここにある自然だということも切実な事実としてここにある。 ガイドとして日常的に山と親しむ中であるときふと、やっぱり映像も残したいな、という気分になる。 お仕事的には同時に出来ないし向き合う姿勢、スタンスが違う。 でも、デジタル化して現像代も加工代もかからなくなった上、公開する場所まである今、またまた自分が写真に凝りだしているのがわかる。 懲りない奴だ。 自然と真正面から向き合うことは気持ちがいい。
 ということでとりあえず目先の問題、初心者的なあるいは性格的な問題として、つい先日撮った写真もクリスマスの家族写真も同じフォルダーに置きっぱなしだということについて、長期的な視点で考えてゆかなければならない。 嗚呼!壺中有混沌。

 自然も・・・ これは皆様と共に・・・





2007年2月25日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



  N

1月30日〜2月1日、八ヶ岳東面 旭岳東稜へ。 ―なんと2ビバーク!予備日はさらにとってあったので予定の行動といえば・・・ まあ。
 河原以外の尾根下部2千m付近にかけては雪も少なく快調。 ビバーク用の平を踏める程度に積雪が増えた樹林内で各自ツェルト設営。 静かな月夜のテント村 ΔΔ゜ −2張− この感じなら明日は・・・ と2晩分の酒を?

 翌日、温暖快晴は良いけれど五段宮下の急登付近から急激に積雪量が!腰程度というのは想定の範囲内。 しかし、表面10〜20cmがクラストして内部1m弱がサクサクというのは進まない。 雪崩を警戒して 寄らば大樹の蔭 戦術で前進。 強斜面でクラスト面も頭上となり、ロープ付とはいっても雪崩も痛そうだな? という気配のところで左の尾根に脱出成功。 「こりゃー、めんどうなこった。」 という気分の中、パートナーの 「まだ2日ありますから。」 という言葉は雪より重たかった。

五段岩着は昼。 岩に乗ったクラスト雪というのは始末に悪い。 いわんや、きのこ雪とあらば・・・ (この日本語ok?) 手では払えないホールドのすす払いと頭を覆うきのこ雪をピッケルで崩し 一歩、また一歩、進んではレッジに戻る を繰り返す。 「これは、だめでしょ。」 と何度か打診する。 こんな惨いスタイルの登攀は20数年ぶりかも?
 「あと2ビバークあるから。」
 ・・・。 
 顧客の山への情熱は僕の登攀意欲の支えである。
 ・・・。
 天気ももつ・・・。 ビバークの覚悟を決めて3時間余り。 そして、下向きハーケン1枚でのクライムダウンとパートナーのアドバイスで単独登攀的荷上げシステムに変更した潅木からショートピッチのロワー&懸垂リターンで取付きビバーク。 雪稜上のためピッケル、ストック、わかん、枯れ木、総動員でしっかりツェルトを張る。
 「今日の登攀もこれはこれで久しぶりに楽しかったかな。」 と振り返り感謝をこめて空のバーボン瓶に湯を入れる・・・  静かな月夜〜明け方より小雪。  Δ゜” 
 「昨日はガイドばっかし遊んでごめんなさい。」 と内心でおもいつつもお天気が怪しいなら急がばまわれの巻き道で。 稜線は吹雪。 さすが名にし負う八ヶ岳の西風。 今年一番の寒気とか? 先に言わなきゃ予報じゃないし! ツルネも上部は雪が深い。 日の暮れた林道を美しヶ森へ。 
 おつかれさまでした。

 右手人差指先端に軽い凍傷があった。 どんなに穏やかであろうと一筋縄ではいかない自然の機微を侮ってはいけない。 ロープもぬれる雪解け気味の翌日が極寒だったということもあるだろう。 ただ、30年の経験に裏付けられているとは言っても、湿ったラッセルや過酷なすす払いにはコンビニ軍手に10年来の防水切れのオーバー手などでは論外なのである。 あと、新製品かな? と思って買っていって、暇なテントでちょっと読んでみたら外袋に血圧の高い人向きと書かれてあった乾米も冬山ではやめといたほうが良いのかもしれない。

 てぶくろを買いに

 そういう訳で、久しぶりの悪雪にはしゃぎすぎたガイドはその晩 「指先が痛いよー。」 ということだったので、予備日で空いた翌日、町まで手袋を買いに行った。 そういえば他の道具に比べると別格で、山用の手袋は何年も買っていない。 お金を払うとき つい間違えて凍傷の指先を出してしまったけれど、お店の人は、「ガイドさん、凍傷の指が見えてるよ。」 などとは言わず、木の葉のお金じゃないことを確認すると、ちょうど良い手袋を売ってくれた。  「わーい、これでまた雪の中を遊びまわっても大丈夫だよね。」  ガイドはたまにでてきた松本シチーという大都会の片隅でラーメンをすすりながら 「人間も案外怖くはないのかもしれないな。」 とおもったりしてみた。 
 ― という腹の中と心の奥底が温まる話である。 
 (すぐ穴のあく山用手袋の高いことには閉口で懐が寒いのである。)

 あれから数日たった今、僕の文字を打つときの唯一の部分が たこ のように硬くなって違和感がある。 今回の文章がなんとなく ぶれ ているのは人の心と手袋の暖かさへの感動の涙と この指先のせいだろう。




2007年2月9日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司





 M

 今シーズンの冬山はちょっと変。
 暖冬ではあるようだけれど、12月からの雪の降り方が南岸低気圧ばっかりなので、八ヶ岳などでは、2300mからの雪の増えるのがやたらと早いようです。

 雪崩がでるような状況になればすぐ埋まってしまうような、ルンゼルートの氷はできるかできない内に埋まってしまったものも多いです。 年末の穂高行では2000m付近までの積雪量がどうみても八ヶ岳のほうが多かったみたいだし・・・。 これについて言うとするならば、年末にきてからの大雪だったので上部ラッセルの先陣きりは時間切れの見込みになって、さっさと転向してしまった・・・  日程に余裕のない登山というのは、冬山でのポテンシャルが低いというのは充分承知、所詮はトレース期待の正月登山? 風林火山を読み違えてか 『退くこと風の如し!』 で涸沢岳西尾根2400台地を基点に棒道一直線(ないか?)、赤岳主稜での年末となってしまいました。

 写真は1月9日のものですが、文三郎頂上直下や赤岳南峰リッジ下などでも、『積雪が来ればいつでもなだれてやるぞ!』 みたいな面構えになっています。 30年近く前には1月であっても稜線の随所に大きな雪庇があったように記憶していますが、この後もし冬型が続くようだと、そんなころのような感じになるのかな? と思います。  
 今朝の原村は朝日が黄色いようなガスの中に反射していたので、黄沙かな? このまま春が来るのかな?などと不安になったのですが、そうはいってもこのところは寒気もそこそこ張り出すようになってきていますので冬本番はこれから、ということで間違いないでしょう。

 『美しい国』  日本の自然と山々を・・・  本年もよろしくお願い申し上げます。





2006年1月10日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司










A 2004年10月〜
@ 2002年10月〜2004年10月 へ

   12月15日 雨上がりの原村から 雪線は1800かな? 稜線はしっかり冬

K

 里の紅葉もぼちぼち盛りを迎える頃でしょうか。 このくらい秋も深まってくれば長かった山の秋も終わり、待ち遠しい冬山シーズンも始まることでしょう。 今年の秋山は、なぜか交通機関や宿泊施設の冬仕舞が早すぎた気がするのですが・・・  結局相手は気まぐれな自然、天地無情ということか・・・ 。
 そもそも紅葉というものは標高を目安に一斉に色付くものと思い込んでいたのですが、今年の秋山がそうだったように(↓写真)、標高1000mの原村の自宅の庭木でさえ1本1本の樹が思い思いの時期に好き勝手に紅葉していった。(↑写真2週前)。
 どうなっちゃったんだろうと心配してみても当然甲斐もなく、所詮は季節の代わり時というもの、登山者の気分にしても、過ぎ行く季節を惜しむものがあるかと思えば、迎える冬の登攀にわくわく気分のものもいる訳で、それぞれの樹にも何らかの思惑があるのだろうかと考えれば、なんとなく楽しい。 勝手樹まま? 天地有情というやつか…。
 ともあれ原村あたりでは既に冬の気配を深め、山に入るなら冬タイヤに履き替えとかなければ、という今日この頃です。 今日の八ヶ岳はいまだ雨上がりの雲に覆われているけれど、夕刻には真っ白な頂を夕日に染めて見せることだろう。
 
 新米、新そば、新酒のおいしい季節となりましたが、
 ガイド業といたしましても、
 冬山入門、冬期登攀、始めました。 
 今シーズンもよろしくお願い申し上げます。





2006年11月21日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司


K

  ・・・もう8月になろうというのに雨続きだったりカメラやパソコン不調だったり更新意欲が全然・・・。 8月も山続きなので ここはガイド論でお許しを・・・。 次こそは楽しい山からのお話にしたいものです。 皆様、よい夏山でありますように・・・

● 生涯学習としての登山、そして 登山文化の一つとしてのガイド登山

「山岳ガイドが職業です。」 
などといえば、なにはともあれ、
「好きなことをやっていてそれが仕事になるのだからいいね…。」 
みたいに考えがちなのですが、ガイド本人の山が好きでいつでも登り続けていたい、というおもわく以前にガイドという仕事の重要な現実として、『依頼主が登山をしたいという強い願望を持っているということ、その上でその登山にそのガイドがパートナーとして選ばれる。』 という前提があり、オファーをいただいて日程の都合がついたとき、はじめて山岳ガイドの仕事が生まれてくるということなのです。 

 ガイド登山が、山登りのひとつのスタイル、登山文化として普及してゆくためには、ガイド側ではなくお客様にとっての 『自分の山登り』 がそこで実施されるということが大切なことだと思います。 その登山に必要な技術面でのフォローやその場その場で安全に行動する判断の根拠となる経験的部分をガイドにゆだねたとしても、登山者として山と向かい合う自分がある限り 『自分の山登り』 としてより有意義な山での時間をすごすことができることだろうと思います。 私は特に地域型の個人ガイド、たとえば穂高や剣の主要な岩稜や冬の八ヶ岳、または岩登りのクラシックルートを主な仕事場としていますので、こういった実践登山のガイディングの場合、先生扱いされるようなガイディング、たとえば山登りや自然を教えるというようなスタンスはあまり好ましくないように思います。 
それというのも、ガイドをご利用いただくお客様は既に 『自分の山登り』 のスタイルを持った登山者であり、山や自然に何を求めるのか、何を学ぼうとしているのかはそこに体を運び、臨んだ本人と自然の間で見出され生まれるものだと信じるからです。 ひとつには高齢のお客様が多いこと? 実社会で先生と呼ばれるような方が多いこと、そんなこんなのお客様に山登りの若輩ガイドごときが先生扱いされてせっかくの休日を過ごす山での遊びが楽しくなるわけも無い、というわかり易い理由もあることはあるわけですが…。

 当然のことながら、行動中に抱いた疑問や興味はその登山をより充実させる話題としてそのつど持ちかけていただければ、ガイドである以上より多くその山と接し、より多くの時間をすごしているだけの何かは出てくるはずです。 これにしてもガイド側から教科書の講義的に語られるのであれば、それだけのものなのですが、ガイドがお客様と山との接点を効果的にとりもっていけた時に生まれる山での話題には、むしろお客様がガイドの師となるような新鮮な感動や発見が含まれていることも多く、山と人との出会いを大切にしてゆけるのならば、ガイドにとってもパートナーによって毎度おなじみの山が新鮮な感動に変わるものなのだとも言えます。 ガイドを育てるのはお客様である、という事実を胸に、日々、精進してゆきたいと思います。 ちょうど先日読んだ新書本のしおりに、松下幸之助さんの 『学ぶ心』 と題した詩文が載っていました。 まさに山に向かおうとする登山者のあるべき心境のように思えましたのでこの文末に引用させて頂こうと思います。 

* 学ぶ心  (松下 幸之助)
学ぶ心さえあれば、万物すべてこれがわが師である。 語らぬ石、流れる雲、つまりはこの、広い宇宙、この人間の長い歴史、どんなに小さいことにでも、どんなに古いことにでも、宇宙の摂理、自然の理法がひそかに脈づいているのである。 そしてまた、人間の尊い知恵と体験がにじんでいるのである。 これらのすべてに学びたい。




2006年7月31日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




J

 いつに無く変化の激しい春だった。 4月に入ってからの降雪が多かったためだろう。山麓でも横尾〜本谷橋間が沢床の雪上を歩いて行けたのが10年ぶり位だなー などと感慨にふけっていたのもつかの間、毎日のように雪は減り、雨で増えた流れのスノーブリッジは見る見る薄くなり、通過ごとに巻き道を増やしてゆくうちに、3度目10日ぶりの通過時にはほとんどが夏道上のトレースを行かなければならないようになっていた。

 連休入りから一転して雪から雨模様の陽気になった稜線の変化はさらに激しく、北穂〜奥穂間などは、5月4日に氷のような雪壁をひたすらトラバースして行った滝谷側ですら、8日にはアイゼンがうっとうしく思われるような岩だらけの尾根道に変わっていた。 わずか3日間で2メートルの雪が消え稜線の残雪は氷となっている底近くまで不安定なザラメ雪となっていた。 今シーズンはここしばらくの間、残雪の処理と気温、雪温の変化、判断に細心の注意が必要になりそうだ。
 
 春の移ろいは木々の芽吹きから新緑へと瞬く間に過ぎてゆく。 花をつけた柳以外、枯れ木と変わらない姿だった梓川沿いの木々は河原を覆っていた雪が消え、梢に赤みがさす芽吹きに生命の躍動を感じさせるまもなく、やさしげな新緑が萌え出してきている。 
 1メートル以上の雪に埋もれ今年の開花は6月にずれ込むか? とさえ感じられたニリンソウでさえ、度重なる大雨であっさりと消えてしまった雪の間からわずか数日のうちに芽を出している。 気温が上がりだしての遅い雪は消えるのも早いということか。 来週にはいつもどうりの上高地を演出する可憐な花が咲き乱れることだろう。

 今週あたり降雪が来なければぼちぼち雪も落ち着くことだろう。 登山が最も楽しい季節、今年も日本アルプスの自然、何よりも岩と雪を思いっきり楽しんでください

 今年は久しぶりの豪雪で心配だった山にも春は早足でやってきました。 大雪の被害にあわれた山小屋も数件あると聞き及びます。 一日も早い復旧がかないますようお見舞い申し上げます。


2006年5月10日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司


I

 12月中旬からの寒すぎる冬山は、年末も29日になってからようやく緩みを見せ始めました。

 今シーズンはこれまで、10回近くの八ヶ岳山行で寒気の厳しさを思い知らされて ほとんど期待すらしていなかった お正月のワンチャンスを狙った奥穂高行は、ぴったしとつぼにはまったかのような好天に恵まれました。

 31日 トレース最初の登山者の苦労が偲ばれる白出しへの道をたどり例年より若干テント数が少なめのテン場へ向かいました。 
 山は高山や神岡方面の豪雪のうわさを聞いていた割りには少なめの積雪で??そんなこともあるのだろうか?という感じ。 八ヶ岳のような乾いた雪という印象でしたので、どこか谷底にでも吹きだまっているのかも知れません。 両雪庇の雪稜ではロープの使用以外の安全策は無いと思うのですが、誰も使っていないというのは驚き!! トレースが安定していたことは確かですが一降りで状況が変わるところで、そんな判断が可能なのだろうか?

 好天とはいえ、涸沢岳は風の名山。 性格的原因の侮った装備のためすぐに凍りだす顔や指先を風の緩む地形でとかしながら進む。 緩んだといってもマイナス15度程度、15mも吹けばこうは行かないだろう。 (帰りはやや重装になっていた私・・・ 気温は往路より上がっていたのに・・・)



 空気の澄み切った元日の奥穂高山頂はやっぱりすばらしい。 信州から眺めても長いこと姿を見せたことのない山稜の頂から八ヶ岳、、北岳、甲斐駒、白山、笠が岳、黒部源流、立山、剣、までが終日望めた日はおそらく今シーズン初めてじゃないかなー!! すばらしい日本の山々への感謝をこめて、ここでいつまでも登山を続けて行けることを祈念する。
 ここで夕日までのんびりしていたいような好天なのですが、どうも明日の天気予報が怪しい。 穂高岳山荘冬期小屋が快適なことにも後ろ髪を引かれるのだけれど、涸沢岳の風に閉じ込められる心配で夜をすごすのも心もとないので、早々にてん場まで戻ることとしていただいた。 
 翌日2日の新穂高は大雪模様。 午後には自宅で御屠蘇。

 新年の挨拶を受けてくれた山々に感謝!


2006年1月2日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司





H

 北岳、北岳、北鎌、北鎌、北岳、と営業の要領が悪いガイドの秋山は人気ルート通いの繰り返しで過ぎていってしまった。 秋口には心配していた3千mの雪も今年は遅いようで、いっこうにその気配を見せません。 でも、ロングルートをこなすには、日に日に早まる日没が不安と似たような気分を感じさせるるところにシーズンの終わりの寂しさを感じていました。 1日おきとか3日に一度とかで周期的に変わるこの秋の天候は行動日に晴れが当たれば万歳!なのですが、北岳バットレスでは残念ながらはずれの雨にも一度当たってしまいました。 
 紅葉も今年はあたりではないようなのですが、多分寒暖の差がすくないため? というよりぜんぜん冷えらしい冷え込みがきていないためいまいちな気分なのではないかと思います。 確かぼくが山小屋暮らしをしていた頃の10月の朝は、毎日のように氷が張っていた、そして毎日のように真っ赤な夕焼け空が輝いていたように思うのですが・・・ とはいえ、今年もちゃんと、お約束の紅葉はしているので、 「あー、このときの紅葉が一番きれいだったなー」 などとその場で、言っとけば思い出はいつまでも美しいものなのでありましょう。?
 今年の紅葉撮影のコツは遠目で朝の日差しを浴びて輝いてるところを 「バシッ」 といったところでしょうか? 近目で見るとなんか違う? まあ、葉緑素がのこってるような微妙な色加減もまた妙味と言えなくもありませんでしたが・・・ 
 実は最近またまた写真なぞ撮りたくなって来たみたいでして、自分の山登りのときはカメラマンセットで出かけてみようかなー、なんて思っております。 ホームページの更新もできずにいた季節も過ぎましたので・・・ ほんと、山からうち帰ってくると酒飲んで寝入っちゃって(これがおもな原因の場合これからもまめな更新は期待薄かも?)翌朝出発が多かったなー? 
 はい!もちろん!言い訳です!


 高山植物も2度咲きしちゃうような暖かい秋なのですが、白く輝く秋の岩肌が冬の近さを物語る。 雪がくるまでまだいけます。  秋の穂高もいきたかったなー。 
 恒例、新雪の穂高岳もよろしく。

2005年10月18日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




G

 7月始めは、先月後半の白馬に続き、唐松、五竜、鹿島、爺 の縦走でした。 花の名所、後立山の山々はこの梅雨時ももまたよし、というところでしょうか。 (写真上は6月、剣源治郎頂上直下からの五竜、鹿島、爺)
 ふだんよく行く山の傾向からこのあたりを思えば、剣沢の移動中、沢の向きが変わるたびに交代で姿を現しては、変化を楽しませてもらっている山々という印象なのではありますが、後立山連峰などと後塵をかぶらされたような地域名をいただいている、この山々から、さらに奥の剣、立山連峰を見返してやろうという、裏も表も前も後ろも山の、中央の山村の住人の企ては、梅雨空にはばまれつつも爺が岳まで来てやっとこさ、実現した。 残念ながら唐松や鹿島槍から剣沢のそれぞれの小屋の位置や沢の出合いを想定することはできなかったし、向うが後ろ側だろうということを確信させるための八ヶ岳も雲の向うに見ることはなかった。 
 ついこの間まで、岩と雪の世界を楽しませてくれていた、3千mの稜線も、夏山シーズンに向けてスタンバッているようで、尾根上の雪もほとんど消えて、高山植物も後はもう一斉に咲くばかりとなっているようです。 私たちのような気の早い登山者同様、気の早い花はもう咲いてますけど・・・ 山小屋もシーズンの準備に余念が無く、ほとんどの小屋が何がしかの工事をしていて、お客様をより快適にお迎えしようという心意気を感じます。 まあいまどき訪れる登山者は、ゆったりすいてるのが何よりと思ってる人たちでしょうが・・・
 さてと、そういうことで山も小屋もぼくも?準備万端夏山シフトでお待ちしています。
今シーズンもよろしくお願い申し上げます。
















2005年7月8日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




G

 もう5月の20日過ぎだというのによく雪の降る春です。 上の写真、23日の剣岳もあれは2300mくらいでしょうか、その上で10〜20cmも積もっていました。 ちょくちょく寒気が入るため田んぼも田植えが遅れているようでどこでも何かと大変なようです。 標高の高いところではゴールデンウイークからぜんぜん雪が減ってないような気がします。 雪山好きのぼくらにはまあこのまま梅雨が来ないでずっとたのしめればいいかなとも思うのですが・・・  この時期多い室堂山スキーの皆さんも快適そのものという風情でした。 夏山も来ないと困るので7月15日からはいきなり夏ということにしていだいて・・・
 「ねえ、みて!みて! これぼくだよね?  早くお嫁さんめっけてひよこと遊びたいんだけどもね。」
 あのねー 君。 あえて言うけど、そんな絵で雷鳥の娘さんに 「ここには君!」 とかいって口説こうとしても多分絶対?無理があるように思いますけど・・・


 そうはいっても、標高1000m位の原村あたりでは既に主だった木は新緑も通り過ぎて花の盛り。 わが庭でもツツジ、サクラソウ、ワスレナグサ、アヤメ、スズラン、シロバナヘビイチゴ、各種イチゴ類、アイスランドポピー、オダマキ、オオデマリ、クレマチス、ライラック、シャクナゲ、サラサドウダンと花盛りです。 燕やハチが巣をかけそうな気配の中、カッコウやシジュウガラの声、キツツキのドラミング、を聞いてすごしています。 写真で見せろと言われそうな春爛漫の活況ではあるのですが最近こちらのほうの手入れに気合が入らず荒地に野生化した植物状態なのであります。 この更新も炎天の芝刈りに嫌気がさして春山情報でもということで着手した次第であります。 さあ、草取り草取り!










というわけで、中途半端なお便りになってしまいました。 すいません。 明日から穂高と剣岳もう一周ずつしてきます。 今度はいい文章かけますよーに。 




下は17日前穂北尾根からの穂高連峰。このときも15日は一日吹雪とか。
一句
 春霞  かすれる槍見えて これから5峰 昼には岳沢 ビール飲めるときかも・・・ 
                                   字余り?  青兵衛

2005年5月27日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




F


 激しい人出で山々を賑わせた5月の連休が過ぎると、穂高の自然がもっとも活気あふれる季節になります。 木々の梢に赤味を帯びた生命感を漂わせる芽吹きから、萌える緑へと季節の移ろいはめまぐるしい。 今シーズン最初の春の上高地入山日となった4月29日にはやっと土の中から小さく新芽を持ち上げたばかりだったニリンソウが翌日晩の大雨で気力を充実させたのだろうか、下山日の5月2日にはもう気の早いひとかたまりが最初の花を開いていました。 新記録? 今年ももうじき絨毯状のお花畑を見せてくれることでしょう。 くだんのサルも嬉々として姿を見せています。 
(わーい! バイキングだ! とかいってんの?)
 連休前半では4月中の大雪がいまだ新雪状態だったこともあって表層の雪が非常に緩んでいたたこと、 2日以降の好天時の山では少し冷え込んだこともあって、北穂〜奥穂の滝谷側のような吹きさらしの氷壁状態の場所以外では、連休後半の雪上はどこもやたらと歩きやすいバケツ状のトレースができていました。 最初のひとりはずいぶんと緊張感のある山だったのだろうなと苦労がしのばれるのですが、右の写真、奥明神沢などは例年の緊張感がうそのような、「うれしくなっちゃうビレイ条件」 で歩けました。 北穂東稜などでは仕込まれた道を、歩かされているような気分になってしまうのですが、これもまた変化の激しい春の山。 ひと雨(雪?)でいつもの雪壁に戻ることでしょう。
 春の山が素晴らしいのは、豊富な雪渓の中に状況に応じて自由なラインで登山できること、そして稜線の残雪に応じて、もっとも合理的なラインを見つけながら進む 「ルートファインティングの楽しさ」 なのではないでしょうか? 当然 「トレースの言いなり」 という場合もありますが、これとて変化の激しい春の残雪の山のこと、セッピやスノーブリッジ、ルートのつながり具合を把握しないで前進することはできません。 連休中の登山は、そこにいるたくさんの登山者によって、ある意味ツアー登山のような状況を作りだしてしまっているのかもしれません。 どこも渋滞だし・・・。 多分、「変化し続ける自然を雪の状態の変化のうちに知る」 という面白さがわかるひとというのは、このシーズン中に何度か同じ山を歩くことのできる幸せな環境の人なのかもしれません。 感謝! 
 芽吹きから新緑へのスピードが早いこともさることながら、これから入梅までの春の登山好期はあまりにも短い。 槍穂高の峰々に春向きの好ルートが多いことももちろんですが、剣岳へも後立へも行きたいということもあります・・・ 山は逃げないというのは、悔しいときのなぐさめとして真実でもあります。 入梅しちゃったからって花をめでる登山は楽しい。 夏山だって素晴らしいことには変わりはないし、なんといっても登山は 「生涯スポーツ」 。 移ろう季節の中で、あっという間に来年がやってきてしまいます。
 
 とか言っている場合ではなくて、短くも美しいこの季節を、皆様しっかりとお楽しみ下さい。  春山万歳 !!

   

2005年5月6日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司




E


 今年もまた春のお彼岸は、カメラマンのクライアントのおともとして尾瀬へ行ってきました。 昨年の尾瀬沼に続き、今年は頂稜上の雪原、アヤメ平です。 懐に尾瀬ヶ原、尾瀬沼を持つ燧ケ岳の豊饒な自然だけでも畏れ入るところですが、尾根の上にこんな広大な広場(冬だから?)があったとはまたまた驚きです。
 ほとんど訪れたことのない土地での山行はやっぱり新鮮な刺激があって楽しい。 ただ単に同行していても手持ち無沙汰は自分でも写真を撮るくらいしか解消しようがない。 というわけでこれもさんざん楽しんでしまった・・・ (はじめて128mb一杯!)感謝!感激! 広大な雪原ではコンパクトカメラのズームじゃ画角が足りないくらいでした。
 変化の激しい春の天候はついさっきまで暴風雪だったかと思えば、とたんに穏やかで美しい自然を披露する。 もっとも、まだまだ荒れ出したらおさまることを知らない豪雪地帯の雪山だということを考えれば、天候回復のあてがあるということは救われているのかも知れない。 ただ、たったの1日位も好天が続かないというのは、回復が遅れがちな山においては、撮影や登山のための行動がはなはだ 「運」 に左右されてしまうということだ。 時間や行程、予備日等に大きな余裕があり、自由度の高い撮影山行なればこそ可能な山行ということでしょうか。 
 自然条件の変化とともに刻々と変貌する山々を眺めるうち、どこか他所の仕事場に来ているかのような、お出かけモードの気分も消えて、いつのまにかいつもの自然への愛着のような気分が戻っている。 太陽は人の心にも穏やかな安心感を呼び戻してくれるのだろう。 至仏山に沈んだ夕陽は北側の峠をくぐって尾瀬ヶ原越しに、再び燧ケ岳を照らした。 穂高から笠岳の夕陽のイメージが勝ったぼくは、山なみに沈んでしまえば夕陽は終わりだと思っていた。 ここでもまた新鮮な驚きと感動をもらった。 

 山を行く者には、明日の夕陽もまた新しい夕陽であり続けることだろう。

   

2005年3月24日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



D
 春一番が吹くと、山の気配も厳しさの質が変わってくる。
村では野鳥の群れがそわそわしだして、梅のつぼみも丸みを帯び、水仙の芽も土から顔を出し始めているけれど、さすがに山では穏やか〜というわけには行かない・・・ 春一番、二番?三番?は嵐です。 顔面ビシバシ、涙チョチョギレ。
 厳冬期には踏んでも握っても固まらなかった、乾きすぎている八ヶ岳の雪もこのころからようやく、世間並みの雪に変わってくる。 乾雪がきしむぴよぴよサンダル音(鉄腕アトム)的、歩行音が聞けなくなるのがなんとなく寂しい。 ザックにカッパ、アイゼンにプレート、顔に日焼け止めの季節だ。 ワカンも利くようになる。 
 八ヶ岳界隈のこの冬は水蒸気が内陸にまで届かなかったようで、冬型での降雪量がとんと少なかった。 もともと内陸性の気候ではあるけれど、寒気が強い割にはどうも何かがちがったような・・・。 かといって低気圧も移動スピードが速かったのだろうか、回復が早く、ここらでは大雪の予報は概ねはずれたような印象。 日本海の海流の影響なのだろうか? 気流のスピードやコースの影響だろうか?
 とはいえ雪の表面が固まったこれからは登山中、降雪中(雨)の雪崩に対する注意は充分にひつようですよ。 八ヶ岳でみぞれびよりの雪崩事故というのはあまりにもせつなすぎます。 (先週のように降雪直後に中岳沢上部の夏道やその下の雪崩斜面に横断の踏跡をつけないで下さい。 まわりの皆も後続のわけわかんない人もみんなが危険にさらされます。 普通立ち入らないけど・・・。 ??)

 標高1800m付近、美濃戸あたりでもキツツキの敲音やヒガラなどの囀りを聞くようになった。 季節始めの眠そうなへたくそな囀りだけれどもこれがまた春の情緒というものだろう。 稜線に 「おやつちょうだい!」 みたいなイワヒバリの姿が帰ってくるのもじきだ。 穂高や剣の様子も気になるなー・・・。 
 んにゃ、八ヶ岳の冬のクライミングの醍醐味も実はこれから。 寒すぎて発達しなかった氷も毎日どんどん成長している。 (氷が高くなってナイヤガラの支点埋まっちゃったし・・・) 風の道ジョーゴ沢の滝に庇状の氷が美しく成長するのもこれから。 シーズン始めにはラッセルと薮こぎを同時にやってた雪稜も ちゃんと雪の上を歩けるようになりました。
 
 長いようで短かった冬のフィナーレを楽しみつつ、短いようでホントに短い穂高や剣の春の登攀に想いをめぐらす今日この頃であります。

   

2005年3月12日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



C
 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ
 うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑいもせす

?キーボード打ちの練習でも更新の文章書きが嫌でとち狂ったのでもありません。 近頃、暇で文学的気分の傾向にあります。 ただ、こういう気分の時期には筆が重くなる傾向にあるようです。 「いろはうた」 は山を愛する友に贈るいにしえの名歌。 
 意訳 
浮世の行いも自然も移ろうもの。 人生は 「無常観」 の中にある。
がむしゃらに越えてきたあの山、今日の酒に酔いつつ再訪を夢みる。 
(違訳?青兵衛)

「寒山・拾得 (唐代の隠者)」 の暮らしを夢みて 「依草附木の精霊 (無門関=禅書)」 と戯れることを潔しとするのもまた、 「山登りの楽しみ」 ということでしょうか。
 後出になりましたが、この文 「仏教の知恵 心の知恵」 花山勝友 編著 の佛典名句解説集 (PHP文庫) の読書感想を試みたものです。 読書中ですが・・・。 (中座。この項で文章を完成させたことが(その気も)無い? 失礼! 原村便り ということで・・・)

 私、冒険を愛する身上故、成仏する気はもちろん救済を求める気もさらさら無い上、究極の世界を求めるまでの身の程知らずにもなりきれないので宗教はだめなのですが、仏教文学や文化には大変惹かれる何かがあり、この読書は、随所で原典を看に行っちゃう傾向にあって、当分読み終えない気配です。 近況とか・・・でもふれたところなのでかぶりますが、名著、名句等という偉大な芸術は自分なりの読み方ができてしまうようで、ついつい文学的冥想(迷走です)を楽しんでしまいます。 「いろはうた」 の作者と伝わる 空海は不詳の弟子(弟子じゃおこがましいけど、自分のことは衆生といわない)にも寛大そうに思えるのですが あまりの異訳?は名文での解説者に大変失礼でありました。 文庫化新刊、お勧めの名句集の御紹介ということでお許しを・・・

 下が浮世、阿弥陀岳からの原村、富士見の里。

   (我家は右端中央)
そこで、ぼくの 浮世の連れ? のご紹介

Coory

Chocola

HANA


と 申します。

よろしゅうに


 「クリオ」 は 小学生の次女が3年ほど前に動物嫌いのぼくを出し抜いて 「おじいちゃん」 におねだり・・・ 「Coory」 はO に目玉を書くのネ y は伸ばすノ。(栗色のシェットランドシープドックです・・・。コリーじゃなくてク・ウ・リ・イ!)
 「うさぎ」 は 同じく娘が 勝手に 「マラソン大会で優勝したら飼っていいでしょ」 とか言って友達からもらってしまった・・・。 「Chocolat」 はいわずと知れた山の非常食。(娘がつけた名です。 他意はない。 目下、娘の趣味は金メダル集めだし・・・)
 「ちょび」 は昨夏、同娘が庭の池の端で怯えて鼻たらして 「ミーミー」 言ってたのを看病しててそのまま・・・ 「Hana」 は子猫が救出されたときホームステイで居た Hanna という子の名前から。(ハナタレだったハナではないようです。)

 ちなみに彼らは今 「プロレスごっこ」 に夢中。 勝負はハナ>クーリー>ショコラ>ハナのじゃんけん関係のもよう。
 猫はウサギに対する猫キック戦法が なめられる原因のようだ。 ウサギは突進押え込み戦法。 「腹を見せたら負けってゆうルールなの!(ショコラ談)」
 子猫にとって猫の母親ではクーリー程には遊んではもらえなかっただろう・・・ じきにしつこい感じかも? 「リードを引きずってるときのクーちゃんが一番ステキ!(ハナ談)」 犬は猫に対して戦術が単純すぎるらしい。
 で、犬とウサギは主従関係が築けるかも? 単に体格差がすごいだけか? クーリーは 本来ひよこやウサギ相手の牧羊犬ってことかナ? 
 まー、みんな仲良しでよかった!
そしてぼくは「動物嫌い」から「動物を飼う奴が嫌い」という立場に転進した。

 「法華経は如何にぞして得ん 薪こり菜つみ水汲みかくしてぞ得ん (平安京の流行り歌?、源氏物語より)」 ― はついでですが娘の名の由来・・・ 
 ということで、日々の暮らしに追われていよう。
 山はいいな! 野生動物だけで・・・

2005年2月18日
では、次の山行にも好天を期待して・・・
アルパイン・ガイド青兵衛/青木昭司



B
 あけましておめでとうございます。 (ずいぶん正月過ぎましたが・・・)
ようやく冬らしい日が続くようになりました。
 先日 NHKテレビの旅番組の取材をお手伝いしてきました。
信州諏訪地方の冬を紹介する企画だそうで、アイスクライミングを取り上げて頂きました。 ぼくとしては南沢〜鉱泉キャンデー〜ジョウゴ沢を紹介するというのがお勧め(仕事的にも)だったのですが、普通の旅行番組のうえ、装備も時間も無いそうなので、12月以来、おいちゃんの連日の奮闘でやっと完成しつつある赤岳山荘の氷を紹介して頂く事となりました。 出来立ての氷はやっぱりキレイだなー! レポーターのNHK長野放送局の横山アナウンサーは登山靴からしてはじめてだったようですが、簡単な指導で最初から完登。 最後はクライミングは怖くなければならないという、志気の足りない旅人の先入観も薄れてアイスクライマーのいっちょ上がりという感じでした。 
 テレビの取材というのは毎度のことなのですが、大変な時間をかけて、ほんの数分の放送と言う場合がほとんどで、冬山登山のような苦労の多い取材は全くごくろうな事です、という感じなのですが、今回もアイスクライミングは2分ほどの放送予定だそうです。
 クライミングの風景については、テレビカメラのまえでは、記念写真を撮る勇気もありませんでしたので(講習中という設定の取材だし・・・)、ぜひぜひ放送をご覧下さい。 白樺湖の氷祭りや諏訪湖のわかさぎ釣と一緒に、凍りつく信州の自然を楽しめるはず? です。

番組放送予定
おはよう首都圏(日本) 1月15日 7:55くらい〜 関東 甲信越
追加:イブニング信州 6:00台 1月17日 長野県
首都圏ネットワーク いいとこ見つけた 午後5時台 1月25日  関東6県





では、次の山行にも好天を期待して・・・
2005年 1月11日 青兵衛





追伸 アイスクライミング情報 1月15日

左から 赤岳山荘 8m ジョウゴ沢 ナイヤガラ 10m 同 乙女 20m


ナイヤガラでの練習    鉱泉キャンデーも登り頃です



04年12月28日

A
 気がつくともう年の瀬です。
11月から12月、それらしい寒波が来なかったのでなんとなく盛り上がりにかける、シーズン始めになってしまいました。 それでもここへ来て何とかカッコがついて、それらしい、お正月を迎えられそうです。
 お正月に荒れ模様というのは勘弁していただきたいのですが・・・
 八ヶ岳はやっぱりエビのシッポと霧氷の縦走じゃないとね。 

 このページ、もう少し頻繁に更新すべきなんですがすみません、明日は小同心。 ぼちぼち山へ向かいます。 お天気がよくなれば、写真追加します。
 今日は原村でも3時までで、10センチほどつもりました。 なんだか文章になってませんがとりあえず、冬山とってもいいですよー、ということで・・・
 陽も射し出したので明日に期待です。 もちろんお正月も・・・


 

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 12月29日 青兵衛



初冠雪(10/27)

@
 山麓から振り返るとき、越えてきた山はいつも雲を頂いた姿だったように思える。 マイナス20度の風が吹き付ける雪つぶての中で、たまにしか開けない凍る視界を頼りに、やっとの思いで逃げ出してきたことが うそだったような気分で、すでに静かな冬の陽の中に自分がいる。 山麓の茶店の温かなうどんで生き返ったかのような安心感を手に入れた後になっても、稜線の岩陰で、痛みと共にとかした指先や凍りかけていた真っ赤になった頬がむこうの世界をはっきりと覚えている。 たったあれだけの雲がそんなにまで、世界を隔てているなんて・・・ こっちの世界の誰が知っているだろうか? そんなよくある冬の八ヶ岳登山の印象。 きっとぼくだけではなく、冬の八ヶ岳を愛する誰もがもっているはずの印象だけれども・・・。 また、あの季節が始まろうとしている。 
 おかげさまをもちまして 原村に住居を構え 「八ヶ岳アルパインスクール」 という屋号でガイド業に専念し始めてから10回目の冬を迎えます。 屋号としては夏の仕事が穂高や剣がメインになることや同姓のアルパインガイド協会員が数名いたことから 公称は 「アルパインガイド青兵衛」 としましたが、八ヶ岳はやっぱし故郷の山。(生まれも育ちも東京ですが・・・?) ここで暮らした30年という年月と、手ごろにまとまったフィールドの中に入りきれない思い出があふれています。 何か特別な冒険を求めて向かうという気分とは違うのだけれど、山がぼくを育ててくれているという実感に幸せを感じます。 もちろんガイドはお客様が育ててくれるというのも実感ですが・・・ 冬山や厳しい自然とかかわる中に生まれる何らかの感動を、今シーズンもより多くの皆様と共感できるよう願っております。

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 10月30日 青兵衛

11月16日 4:30  上部の写真以降はじめての冬型による雪。
槍穂高は一日雲の中だった。 明日はむこうも白いかな?
この秋は、なかなか冬の気配がこなかったけれど、
ようやく、犬の散歩にも防寒着のいる季節になりました。

仙人池 

S
 夏山が始まったぞーとおもったのもつかのま山行に明け暮れるうちにもう紅葉がおわりかけている。 そういえば室堂で秋を感じてからもう3周間になる。 あれは北方稜線〜仙人池。 ガスの切れ間に室堂の紅葉をめで、たどり着いた池の紅葉が始まりだしてたのが9月15日かな? どうなっただろうか?
 大キレット行予定であがった天狗池と槍沢の紅葉も好期だった。 20日位かな?
 ここ2週ほどは恒例の北岳バットレス通い。 大樺沢二股二千m付近の紅葉さえもぼちぼち始まるなと思う間もなく腐ってしまった。 雨ばっかし降るもんで・・・
 期待すれども、所詮紅葉、はかなき事、あはれなり、ということかな。
昨日は北岳も三千m付近ではついに雪の予報がでた。 高層気象データをみるかぎりまだみぞれまじり程度だろうとは思えるけれど過ぎゆく季節に切ないような淋しさがしみる。 気がするっていうか単に寒さがかな?もう少しだけ夏山を・・・

まるで雪の消えかけた長次郎雪渓、真砂沢ロッジが見える。 右、熊の岩あたり


 このところ、どこへ行っても登山道周辺にまで、熊の気配が濃厚になっている。 決して人間の餌に付かせないよう皆様細心のご注意をお願いします。 (人との接触が濃くなると鳩や猿でさえもうっとおしくなります。) 登山道周辺に喰えるごみや臭うごみや汁物とか、果物の皮や種をまく人がいるようですが、命取りになりますよ! 本人だけですむならモラルや環境破壊だけど、そこへ行くみんなが危険にさらされてます! 自爆テロみたいなもんかな。 自然環境を守るという以前に登山環境が守れないかも。 支配や征服、覇権でなく、自然と人にも共栄の道を・・・

上段、八ヶ岳 下段、八方〜白馬 フラワートレッキングアルバムより。 中段、今シーズンのぼくのアルバム?より


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 10月5日 青兵衛




R
 暑中お見舞い申し上げます。
 原村でこんなにセミの声を聞いた夏があっただろうか?
1000mという標高の為、少ないのだろうかと思っていたけれど、猛暑にはやっぱしセミも似合うかな? ニイニイゼミ〜ヒグラシ〜ミンミンゼミ? 山とは裏腹に、高原野菜産地のこちらはなぜか雨が少ない。 困ったもんです。 

 7月中旬の豪雨で、剣沢雪渓表面に土石流が流れてしまった。 通行に問題はでていないけれど、今年の雪渓はきれいだなーと思っていた矢先で残念。 長次郎右俣雪渓も冬の雪が少なかったためかすでに上部が切れていて、下降がちょっと面倒だった。 新潟と福井で豪雨被害がでていて剣に大雨がないわけもないか? 何もできませんが、被災地のみなさまにお見舞い申し上げます。 

 八つ峰を下からたどり翌日剣尾根でもというプランで三の窓にビバークした。 途中、5、6のコルで雷のため1時間ほど昼休み。 これで夕日と星空のビバークに・・・ と期待していたのに、その後夕立は4時〜深夜まで続いた。 落雷300回以上、テントの中でもまぶしい閃光と爆音の連続。 諏訪湖の花火大会の100倍くらいゴージャス。 命がけのゴージャス? 安全っぽいところにテンぱったつもりでも数分以内に一回落雷してるよーなこれじゃー全く自信がもてない。 頭上は小窓王 チンネ ドームあたりにも落ちてるし 本峰付近と思われる落雷だけでも20〜30回以上はあっただろうか。 たとえば今日もだけど夏の雷は仕事的にやり過ごすことは度々だけど、夕立って普通こういうもんじゃあないよね? ビバーク必至。 諸行無常の子守唄。 上の写真、クレオパトラ(ニードル)を越えたチンネ左稜線上の女性クライマーパーティーの談では前日も閃光のビバークだったとか。 雷を縫って登り、雷に憩う? すごい!! 求めてできることじゃないけど!! 
 
 まだいくらも夏山を楽しんでいないような気がするのだけれど、そこここでもうトウヤクリンドウが咲いている。 チングルマもハクサンイチゲもすでに結実。 猛暑と豪雨に疲れて、秋を待っている様子。 でもだめです。 ぼくの夏山はこれからなんでもう少し待ってください。 長すぎた春? か早すぎた夏か? この際長い夏で良いです。 
 長次郎雪渓下部 02年の崩落のあとも、出てきています。 2年も雪に埋もれていると凄惨さはなくなってゆくようです。 夏も初めから去年の雪が売切れてしまうのでしょうか?。 今年は万年雪もだいぶ解けてゆくことだろう。 日本の山にもヨーロッパの氷河のように地球温暖化の影響がでてくるのだろうか? 
 
 今日もまたヒグラシが鳴き始めた。 びちょびちょのツェルトやロープも乾いて、明日からは穂高。 雷オヤジの拳骨を食らわずに、皆様のこの夏の山行がいかした思い出深いものでありますよう・・・


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 7月27日 青兵衛



Q
 新雪を踏み分けて入った開山から、まだどれほどの日数もたっていないような気がするけれど、いくたびかの山行をかさねるうちに、すでに初夏を迎えたかのように感じる陽気の日もふえてきた。 雪解けや新緑の進む勢いは本当に自然の躍動感、生命力を感じさせる。
 めったに姿をみせないイヌワシが2羽、穂高岳山荘上空を涸沢岳〜ジャンダルム方面へ飛んでいった。 彼らは普段どこで暮らしているのだろう? 藪の中を飛び回るすがたは想像し難いし、上空を飛び回っているのならもっと見かけてもよさそうだけれども。 稜線から見る里山上空じゃ鷹の目にしか見えないかな? イヌワシをみるのは5〜6年前に、こぶ尾根から飛び立っていったつがいをみた時以来だ。 岩の上から次々と力強く羽ばたきまたたくまに笠ヶ岳上空に小さくなってゆく姿に、雄大な自然を俯瞰して生きるものへの憧れをいだいたものだ。 彼らにとっては日本海すら単なる小さな海峡に見えていることだろうかと。 
 池ノ谷乗越に5本爪アイゼンのあとが
あった。 足指1本1本に力が入るなんてさぞ便利なことだろう。 というか・・・このオヤジはいったい何しにこんな岩と雪の殿堂?クライマーの世界みたいな所にやってきたのだろう。 隠れるところもないような雪渓だらけのこの時期に・・・? シリセードで遊ぶ姿もかわいい気はしますが。 乗越なので確かに交通の要所ではある。 3の窓のビバークが快適なのもわかるけど・・・。 雪の多い北斜面に冬眠に来ていた寝ぼうの熊の帰りがけだろうか? 暖かな新緑の河原で幸せに暮らして頂きたいと願っています。 登山者の餌に付く事が無いよう皆さん気をつけてください。 
 今日はなぜかふだん友情を感じがちな、雷鳥やイワヒバリ、カモシカやオコジョじゃなくて、自然界の親分衆の生活にも思いをめぐらせてみました。 夫婦仲のよい空の王者と頓着無しのオヤジに栄光アレ!
大自然万歳!


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 6月4日 青兵衛



P
 過ぎゆく冬山シーズンを惜しんでいたぼくでしたが、こうして春の穂高岳へかよいだすと、草木萌える今が一番好きな季節かな?とおもう・・・。 つい先日までの厳しさただよう白銀の上高地も、いつの間にか、ニリンソウの優しい新緑に包まれている。
 もちろんこれから梅雨入りまでが登山としても穂高岳がもっとも素晴らしく感じられる季節だ。 連休中不安の種だった4月末の積雪も安定し、今はただ雪面を美しく被っている。
 よく 「どこの山? どの季節? が一番好き?」 などと問われることがある。 仕事場にしている山は、もちろん毎日歩いていても好きだからそうしているし、1年を通じて通っているのは、好きな山のいろんな姿や、季節の移ろいを感じていたいからだ。 そういえば、登山家として山を登山の訓練の場とする姿勢からはずいぶん前から遠ざかってしまっているようだ。 ぼくには今日の登山が更なる高みへのステップだと考える習慣はもうなくなってしまっているのだろうか。 現に今、感動し向き合っている山をそのままに感じ、あるべきように行動する登山を続けてゆきたいと願っている。
 今年は冬に低気圧での降雪が少なかった為か、稜線など吹き溜まらないところや2500m以下では特に雪が少なく、春の進行が早い。 河川もすでに、増水期。 先週は大雪で突っ込めなかった奥明神沢も左股はシーズン初めっから滝がでてるし、岳沢天狗沢畳のブロックはすでに落ちてた様子。 涸沢の雪も現在はとても安定しているよう。 こういうときは表層のザラメが深くなったときのデンドロ雪崩や、デブリの2度すべりに注意。 雪庇崩壊も勢いがつきやすいだろう。 

 皆様、短い春の登山を気をつけてお楽しみ下さい。


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 5月10日 青兵衛



O
 春が来る。 ムーミン谷の仲間たちは、冬が来るのをおそれていたっけ・・・
冬の八ヶ岳の仲間たちは春の到来に寂しさを感じているだろうか?

 3月中旬からの気候の変化はめまぐるしい。 世間ではおんな心と・・・ ―とか言うけれど、これじゃー過酷でしょ?。 19日、前日まで真っ黒でアイゼン不要状態だった雨上がりの大同心ドームは吹き付けベットシのベルグラ<状態。 敗退・・・? まだまだ風は冷たい!   21日の尾瀬沼はトレース皆無なのにつぼ足でも、靴すらほとんどささらないルンルン状態で小春日和?の貸切。 翌週の西穂は今シーズンすくなかった南岸低気圧の積雪でやっとこさ這松が埋まっていた。 冬型の雪ばかりでは吹き溜まりは深くなっても稜線に雪はつきにくいようだ。 今シーズンの春山はこのきわめて安定した雪面(=弱層?強層?)に新雪が乗るようなので、要警戒ですよー(いつでもだけど)。 ・・・と、このひと月ほどを、振り返ってみればやっぱしスキです、春の空。 (お便りご無沙汰しました。



 
 過酷だ! といいたくなったのは御柱祭り中、4月3日の大雪。 川越しがこんな日になるなんて・・・。 原村の庭でもやっと開いた梅に10センチもの雪。 クロッカスも福寿草もカタクリもふきのとうもみーんな雪ノ下。 あれっ?これって去年もだったかな? 
 
 ということなんですが、よーく考えると ぼくたち日本の山やは1年のうち、11月〜6月まで、8か月も雪山やってんですよねー。 今シーズンはこのページで、雪の写真を紹介するのも最後かなー? とか思っていたんだけれども ぜんぜんそんなことはなかったみたいでして・・・
 とはいえ、3千メートルの稜線にもいつの間にか岩ひばりが帰ってきているし、山麓のきつつきの仕事も始まってる。 里には燕も、 寝床でも小鳥の声に目覚めることが多くなってきた。 季節が移ろうとしていることには間違いない。

 八ヶ岳に行く冬を惜しみ、山村で春を楽しむ、またくる春の穂高岳シーズンを心待ちにして・・・

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 4月8日 青兵衛





N
 山が突然に姿を変えた。 風と温度と雪の湿度とが一夜で作り出した雪化粧の森。 昨日一昨日と吹雪の中、顧客のご希望と撮影の機会をうかがってやきもきしていたことがうそのような好天。 撮影山行とはいえ、あれこれ工夫や作為を凝らして自然と向かいあうよりは、暖かい日差しの中、真っ白くなった山と真正面から向かい合うことのほうが、はるかに心地よいと思う。 感謝!

 感謝ついでに打ち明けると、時として山や森が何かを語っている気がすることがある。 もちろん、ぼくに語りかけてくるようなら、こんなもんとはもうつき合うのはやめようと思うところではあるけれど、何かこう樹木同士や山稜が、そよ風や雪煙を仲介して語り合ってるような? ぼくにはわからないような言葉で? たとえばある種の文字が空中を伝わって行くような方法で何かを主張している。 もちろんぼくや、ヒトに対する主張なんかじゃないけれど、彼らが何かを固有のコミュニケーションで共有しているということの尻尾を捕まえた、というか秘密を垣間見てしまったような気がするときがある。 たとえば、重荷とラッセルにあえいで激しい息切れを整えようと、ふと見上げた木々に静かにのった積雪をはたと落とした梢から。 ある時は、河原道をボッカするぼくの凍りついた眉や無精髭の氷に伸びかけたエビの尻尾がその会話に参加しようとしていたこともあったでしょうか? 

 だけど、そんな些細な、ちいさな事ばかりに自然を感じてるばあいではない、荘厳な感動というのが、山が本来持っている力だ。 あるべき姿で眼前に在る。 ありさまそのものが語りかけ、そこにある者に感動を呼ぶ。 激しい変化に畏敬を深め、暖かい光と静寂にくつろぐ。 山での幸せな時間があった。



 山小屋で久しぶりに古い山仲間と居合わせた。 30年近く前から、八ヶ岳の変な外人だった彼は、最近ではお地蔵さん?にはまっているそうで、それについての前衛的写真?や、りっぱなホームページまで作っている。 結局変な外人ではある? 年月のゆくのははやい。 彼のヘアスタイルに関するジョークを笑えていた20代の自分が懐かしい。

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 2月10日 青兵衛



M
 冬のささやかな陽射しでも、2月を迎えるとほんの少し穏やかさが感じられるようになってきました。 山登りをする上では何よりも、日が長くなることがありがたいです。 夕方4時ころからヘッドランプの心配をするようでは、行程の長いコースの実行は何かとおぼつかないですよね。 とはいえ、まだまだ日焼け止めよりは目出帽の活躍する季節ではあります・・・。
 里の居所、原村あたりでも小鳥の戯れる声が気になる季節。 元気なヒヨドリに始まり、おどけたセキレイ、ヒガラやシジュウガラが目立つようになるのもそんなに先のことではないだろう。 春になると目立ちだすキツツキ類はいまも森で暮らしているのだろうか。 諏訪地方、今年は降雪量も少ないのだろうが、暖冬なのか、道路が凍りっぱなしにならないようなので車での移動が気楽だ。
 はなしは戻って御柱山詣でをかねた、登山のためのトレーニングの仕方のことですが、私的にはクライミングでない通常の自主トレは、近頃やたらと太りたがる中年体質と劣化する足腰に活を入れることが主な目的なので負荷の大きい小走り登山2時間くらいでも良いのですが、普通に8時間以上の山の行程を順調にこなすことを目的とする場合、結局それなりの時間が必要なので、はっきりいってしまうと実践しかないというのがほんとの所かもしれません。 ただし少しでも楽に・・・とかの技術を駆使するとぜんぜんトレーニングになっていない場合があるので以下を心がけることとする。
1、軽く息切れする程度のスピード
2、脚力に負荷ができる程度の勾配、またはラッセル
3、一生涯、地の果てまで歩き続ける気分
を維持すること数時間で何とか体脂肪が燃えてる気がしてきます。 あとは時間の都合と同行者の都合、体調次第で危険のないコースを納得いくまで歩き続ける、というのがお勧め。
 今回のパートナーのC君は後半には 「こんなのお散歩じゃない」 とか 「首までのラッセルはハードすぎる」 とかぼやいてましたっけ。 こぎつね系なんで猟期中はオレンジジャケットです。 これからの季節はサングラスも? いるかも・・・?

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 2月2日 青兵衛






L
 自衛隊を国外に派兵するって言うのはやっぱり嫌な気分だ。
国家って言うのは、国民の気持ちを反映しないものなのだろう。  日本の軍事同盟国、アメリカに住む人たちだって、市場経済のためばかりではない自由や平和を愛する、戦闘を好まない文化を育ててきているのに・・・。 (資本家だけが国民でアメリカ市民というのは市場の民という意味だったのか?) というより彼らが希少な戦争放棄国である日本の自衛隊に、他国への軍事進出を要請するなんてことが何でおきるんでしょう? (国連からならともかく、ほぼ独裁軍事国家が? 中国経済発展〜アジア統一経済圏形成が前提の対アジア政戦略かい?)
 民主主義社会での議会というのは、企業主導の資本主義の発達の中で、国民の意見を反映することよりも、国益を追求するための議会になってしまったのだろう。 議会も派閥を形成して組織的後援者の利益を代表してしまったのでは、精神的、個人的な理想や道徳は生きるわけがない。 国民投票で戦争ができるとしたら教育が間違っているということは事実だ。 
 ぼくたちは、お金を基準に出来高を示さなければ結果を出したことにならない生き方に馴らされてしまっている。 消費文化に限らず、絵画だって、音楽だって芸能だって、どんな芸術だって、 「売れてなんぼ」 それでもちろんいいんだけれど、利益追求のための戦術が姑息になりすぎてしまった市場社会というのは、どうも楽しい人生の空間になるとも思えない。
 〜勝ち残るためには相手にまず武器を供給しておかなければ喧嘩も始まらないから とりあえず軍事支援しとこう〜 とか
 〜戦争当事国の指導者層の身内が、軒並み軍事関連産業の株主でした〜  というのではあんまりだ。
 日本は軍事国家ではないはずなので、「国益=正義だ!」 って言うような理屈がまかり通るまでには、まだ時間がかかるだろうとは思う。 勝てば官軍の時代はまだまだ、くりかえすってことなのでしょうか?

アメリカ映画 「ラストサムライ」 の
侍の故郷の村や古い日本の街、山河は美しく描かれていた。
ふと、アラブ商人の歴史に憧憬をいだく。

新年を向かえ これからも
原村の風景や日本の山々に感謝して暮らして行きたい。


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2004年 1月7日 青兵衛


K

 ようやく、冬山らしくなって来ました。 
異常気象といっても平均的な平年って言うのが、わけわかんなくなっちゃうと、どうでもよかったりもするわけで、冬だか秋だかわかんない状態でも、今このときの山を楽しんでればいいのかも知れない・・・と覚悟をきめてました。 仕事としては計画的に予定を組んで来て下さる方がほとんどなんで、できることをてきとうに・・・というわけにも行きませんね。 冬季初登バーゲンとか?? 個人山行として・・・だとしても、12月の山なのに雪が無かったら、冬期登攀してきましたというのも、大きな声で言いにくいんですよね? この夏のビヤガーデン的、唇寒さ?・・・

 そんなことじゃ無くて、大きな声で言いたかったのは、冬山始まったんですよー!・・・
 
03/12/14


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年12月7日 青兵衛



秋の終わりに・・・


 10月15日。 おそらく紅葉も、名物!過激な人出の賑わいも、一昨日で通り過ぎてしまったのだろう。 写真 上は、うっすらと新雪をまとったこの日の涸沢岳。 シーズン中の天候不順やらでたまっているガイドの宿題、明神岳の縦走、またはジャンの飛騨尾根という課題をもって 「今期最後のチャンスがつかめたら・・・」 という思いで、快適だった横尾山荘をあとに、穂高岳山荘を目指す。  「いちおう紅葉はまだあるようですよ」 との噂どおり、本谷橋〜屏風の裾野は今シーズンとしては最盛期?熟年期? といえそうな紅葉がありました。 
 例年ならば三千mは積雪のある時期なので、 「もし雪だったら新雪の山を楽しみましょ、」 っていう予定でアイゼン担いでは来たものの、1cmの積雪っていうのはどうしたもんでしょう? 雪を楽しむっていうのには今ひとつのような・・・
 
 日中ずっと続いた吹雪も、夕日の時間に合わせたかのように、ピッタシおさまった。 穂高の稜線の開けたガスの切れ間に輝く、既に山の部品と化したカメラマンに感動。 (→ 新雪の岩稜 が素直な表現??) 
 こういう時の山っていうのは、やっぱし、”あれ” ですね!・・・?




つづき


 ”あれ” から続きですが、
 それって、 ぼくにとっては山小屋暮らしの頃、毎日のように眺めていた山なみや、ひとシーズン働いてきて小屋閉めを迎える季節のわくわくするような思いへの望郷に似た思い?。でも、人それぞれの思い出のなかの郷愁の山なみを思い出させるみたいな風景や気配っていうのは、日常をはなれた、こういった旅の時間に心んなかに滲みこんでくるもんなんだろうなー。 って言うのが、”あれ” の説明です。 実は 「紅葉と、夕日の赤は、休養への入り口」 みたいな文章つくろうかなって、方針だったけど、ムード自滅なんで又、来年以降に・・・。 安らぎを語るには、ぼくはまだ若かったのだろう!。 
 翌朝、16日もしっかり晴れた。 積雪は昨日あんなに吹雪続けたのに結局1cm。 でも、新雪の吊り尾根の悪さっていうのは(明神縦走よりも何より)何度も身にしみているんで、すみません、残念ながら又、宿題を残すことにしていただきました。 
 涸沢岳で未練のように滝谷の岩壁に着雪のないのを確認して、のんびりとシーズン最後の穂高を味わいながら涸沢池に着くと、振り返ればうそのように、山は白くない! ドキッ!。 さらに驚いたことには、紅葉がほとんど全部落ちてる!!雪や霜が来るとホントに1日で散ってしまいます。 その上、ヒュッテの外回りはすっかり冬支度。 手のひらを返したような状況にだまされたような気分、というよりも、もはや自然の激変する様子に素直に感動してしましました。
 前回は、周囲の木々が仕事を終えて色づく気配の中、紅葉せずに残業中の木々に感じ入るものがありましたが、今回は青いままでもあっさりと散る木々の葉に、容赦のない自然のいさぎよさ、決然とした姿を知らされて、もはや宿題から開放されない、落ち葉の中に取り残されたガイド約1名の姿に、未練を残す人の心根を哀れみつつ、自然への畏敬を新たにした次第です。
 と、いうわけで、真っ白に化粧する穂高を見ないことには、冬につながんないので、又、きます。 

 では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年10月19日 青兵衛



上高地のサルに思う

 初霜の候、山ではクマはじめサルもタヌキもキツネもその他の皆様におかれましてはご健勝のことと、ついでに自然保護関係及び動物愛護の皆様にも喜ばしいことかナと、お喜び申し上げます。

 さて、最近ことに目立つ上高地のサルについてなんですが、いったいこんな山奥であんなに大勢が冬を迎えて、食って行けるんだろうかと心配になったという話であります。

 先日、「これ食べられるんですか?」 との質問に 「カメノキの実なんて誰も食べませんよ。」 と答えていたのは確か穂高の迷ガイド、青兵衛さんでしたが、サルども、しっかり食ってるし・・・。 右写真。
 だけど・・・、 「たで喰う虫も好き好き」 とかゆーけど、こないだ北尾根5、6のコル付近で、オンタデの実、ちぎっては喰い喰い、食ってたのもこの人たちです。 高山食物を大切にするよう指導しとくべきだったと、反省してます。 あのころは、まだ涸沢付近にはベニバナイチゴやブルーベリーがいっぱいある時期なのに、なんでかなー? こんな寒いとこまで? とは、思ったんですが、ぼくとしても、果物よりは穀物、ジュースよりはビールなんで、というか酒、・・・じゃなくて、穀物も蔵ぁ建てとかないとその季節にしか食べらんないのかな? と思い当たった次第です。 秋は米の旬?。 えっと、冬の喰いもんの話ですが、上高地ビジターセンターで見かけた情報では、彼らは冬は、木の皮や芽のある枝を食べてるそうです。 安心、安心。? ホントかよ?

 そうそう、旬といえば、彼ら、春には徳沢界隈のニリンソウの新芽をみんなで楽しそーに食べてました。 ほとんどルンルンピクニック。 でも、楽しそーに、お花畑の中に座ってにっこり記念写真を撮ってたオバ様たちには、共感できませんでした。
 穂高岳界隈のサルの増えぐあいが、ホント心配です。 相当前(15年かな?)から北鎌独標あたりでも見かけましたが、涸沢で見かけるようになったのは、ほんの数年前。 群れは移動しながら暮らしてるようなので同定はできませんが、いくつかの群れがクロスオーバーしてるような気はします。 彼らは年がら年中、子ザルをたくさんつれているので増えつづけていることは目に見えます。 1本の木から木の実を根こそぎ食べるようなことはせず、たいていは歩きちぎり食い? で、どんどん移動する場合が多いようです。 ほんとにうまそうなもんには執着して土をしっかりいつまでも掘ってたりすることもあります。 ユリ根かなー?(姥ユリ?)蟻とかの幼虫とか蜂の巣とかかなー? ホント、横取りしたくなっちゃうほど執着してんの、むしゃむしゃと。 

 明神の小梨の木にある鉄条網はサルよけだろうか? 若干問題も表面化しだしていることとは思います。 春先、まだ雪だらけの徳沢の公衆便所のコンクリートに、群れで日向ぼっこしていたサルに 「君たちは野生のヒトなんだから、しっかりプライドを持って!・・・、暖かいからってこんなとこに住み着いてはいけないよ!」 と諭しつつ 背後、気兼ねしながら、使わせてもらったこともありました。 今のところ上高地ではサルの人間関係? じゃなくて―サルと人間の関係はとても良い。 なんでか不思議ではあるけれどサルがヒトを無視している。 ヒトはサルを無視できないで写真取ったりしてるし・・・ 上高地は農地じゃ無いことと、あちこちの観光地での失敗の経験が先にあったからだろうか? いつまでも、ストレスのない関係であり続けることを願います。 皆様も人間の食いもんを見せびらかせて、サル達に自慢などなさらぬよう、ご協力下さい。 はっきりいって大人気ないです!今度いったら上高地野猿公園になってたりして・・・。 

 サルが悪くなって、登山者がみんなで赤ペンキもって山歩くようになったら、さすがの穂高も、もうダメかも? 登山の極上の美学というのは、自分がそこにいた痕跡すらも残さないで、通り過ぎること? のようにも思うんだけど、 ― 〜黒髪の熱き思いにふれもせで〜?とか?―  みたいな? (^^;
  一般登山者がみんなで自分勝手に道作ったり、目印付けたり、草刈してたんじゃ、改革整備っていうよりゃ、山、自然の立場からは? テロリストです。 紅葉時の涸沢の賑わいのあとには、ことに写真愛好家の皆さんの傷心や苦労の跡が見て取れました。 「ペンキだらけじゃ自然写真になんねぇーんだよ!」 ってゆー声が、ペンキ印を消そうとした努力の跡から聞こえます。 人間の生活は、ツアー登山のような簡便さに流されがちですが、そこの自然だけが生きるために与えられた場所である、山の仲間達の立場になって考えてみることも、時には良いのではないでしょうか?  いまどきの流行? 社会現象? 経済構造のグローバリゼイションってやつが(先進国)帝国主義の進化形だったってことは、もう、既に世界中のみんなが気づいていますよ。? 

 寒い季節を迎えます、穂高界隈在住の皆様も、悪い風邪などめされませんよう、ご自愛下さい。 近々にもまた、寄らせていただきますのでその節はよろしくお願い申し上げます。

2003年10月22日 青兵衛




J


 いつ夏があったのか充分体験しないうちに、もう秋です。 既に雪の心配までしているのが不思議な感じ。 山は氷も張りはじめているんで防寒対策はしっかりしましょう。 鉄のはしごを握る手がつめたい、つめたい。
 ここ秋に来て好天に恵まれてはいるんで、夏場の雨天での不満も忘れかけてはきました。 もやもやしているうちにひと夏が過ぎ、ぼくの夏山はこの先も毎年ずっとこんな、繁忙と煩悶のうちに過ぎて行くのだろうかと不安を感じていたのですが、現金なもので、気持ちよく晴れた日には、自分が山の風景の一部であるかのような気分にも、充実感のようなもんまで感じていました。 やっぱし、仕事の疲れは登山で解消しましょう。・・・??
 この秋は紅葉の色づきも今ひとつのようです。 北穂東稜から涸沢あたりを見下ろしたとき、ふと、木々にとっては紅葉するということが、ひと夏の仕事上がりの、打ち上げに一杯でってかんじなんじゃなかろうか? ってゆー気がしました。 今年は肝休日にしよってことかな?もっとも雪解けが遅かったんで、まだ青々と勤務中?の奴も多いようですが・・・。 「雪が来るまでちゃんと見届けてあげるんで、もう一杯くらいつきあえよ!」 って、言ったら真っ赤な紅葉が見れないもんだろうか? いちおう、まだまだ期待の中です。
 というわけで、冷たい風の中、冬山への期待が芽生える今日この頃ですが、皆様、のこり少ない秋の山々を存分にお楽しみいただかれることをお祈り申し上げます。

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年9月29日 青兵衛


I

 やっとこ梅雨が明けたかな? と思った一日。 青空がとても心地よく感じられた一日。 たいていつらい夏の昼間の日差しがとても頼もしく思えた一日。 も、つかの間、今度は秋雨前線だって? ついでにもうこれからは、朝飯の次は晩飯。とか 土日月金土日月金、で行きましょう。 夕陽は赤く燃えなければならないはずだし、ご来光がないと今日一日の抱負が選挙用のマニフェストと一緒になっちゃうでしょうが??。 何より青空が無かったら山小屋の布団が湿っぽいし、午後の休養が退屈でしょうがないでしょうが! 実は一見好天に恵まれたかのような今回の山行も、当初は、ひがな一日、北穂でうろうろのゴージャスプランだった予定が、悪天候のため穂高小屋迄足を伸ばしてサロンで一杯に変更してしまったんです。 ラーメンも・・・ 悪天のせいで行程が伸びるなんて言うのは今シーズンの山行ではとっても贅沢なんですが、そこはそれ、北穂の頂上でお昼寝が目的の場合、頂上小屋の布団の中でお昼寝してたんじゃ、ホワイトアウトで彷徨してるのと同じ?なんじゃないかと思うわけです。 というわけですが、皆様はどんな山登りをたのしんでおられるのでしょうか? 山を楽しむ皆様のより良いお手伝いができますように心より空に願う今日この頃です。
 9月中に営業案内全面改訂の予定です。 


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年8月27日 青兵衛


H これじゃぁ、山からの贈り物、「時間の花」 は開かないです。 こりゃぁどこかで、「時間泥棒」のやつら が葉巻を吸いながら雨雲を作っているに違いない?。  まあつまり、この夏のお天気の話なんですが・・・?。 ぼくたちの貴重な短い夏山での時間を 雨の中であろうと、行程の消化という作業で過ごしてゆくとしても 「行動としての登山」 からの感動は残るだろう。 
 「無理の無い安全登山で・・・」 とか 「山のご機嫌の良いときに登らせてもらおう」 とかのたてまえは このせちがらい世の中では通用しないんです・・・。 ほんとうにそうなんですか? 次々と効率よくピークを踏んでゆくことが登山の目的ならその通り。 旅程管理がガイドの仕事ならもちろん!。 でも、山そのものを楽しむってゆーことには、どこかに優雅な時間の贅沢が必要なのでは・・・? という気がしています。 バリエーションルートや登攀が時を得て行うべきだというのとは別の次元で。 同じ山に幾度も通い続ける中で出会った感動が、一過性の登山行動で伝わるなんて、よほどの幸運でなければ有り難いことだとはわかっているのですが・・・。 随行する一人ひとりの顧客の、登山への思いや目的、姿勢に同調しながらその登山をコーディネイトする、「個人ガイド」 という仕事のありかたで、理解しきれない 「それぞれの山へ思い」 の複雑さに、歯がゆい気分のシーズンになってしまった。  お天気と気分は同調しないほうがいいかも・・・? でも、あしたから 「梅雨明け」 のような・・・ ってゆーコメントはうれしいです。 山はもうすぐ秋だけど。 で、これからキレットへ向かいます。 秋の空に期待? あっ! 「澄みわたる秋の空」 ってほうでお願いします。


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年8月19日 青兵衛



G


 今年もいよいよ夏山シーズン。 もう梅雨あけちゃっていいですよぉー。 
雨の少ない梅雨だったなー、と思ってましたが、それなりに雪解けも進んでいるようです。 ルンゼのところどころまだブロックが残るところもあるようなので、視界の無い雨の中の雪渓歩きは気持ち悪いかなぁ・・・。 シーズン始めの雪渓はきれいだし、とても歩きやすいんだけど・・・。 これもこのところの大雨で解消するでしょうが・・・? 昨年あんなひどい瓦礫の山になってた長治郎雪渓下部もすっかり何も無かったかのように、今はきれいな歩きやすい雪渓です。 山の自然の力強さに感動!。 長治郎出合のニッコウキスゲも11日から咲き出したようです。 18日には黒部鉄道も復旧の予定だそうで、例年どうりのすばらしい剣岳の山行を楽しませてください。
 あと、昨年あたりガイド業をひたすらがんばっていた、芦峅ガイドの佐伯まさし氏が真砂沢ロッジのオヤジにおさまってます。 ここもまた、ホントのヤマヤの経営する山小屋っていうことで剣岳がよりいっそう素敵なところになることに期待! 右は創業記念の手ぬぐいのデザインの一部です。  since 2003 っていうのが、いいなー! Great!


では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年7月14日 青兵衛


F
 春山のシーズンは短い。 4月以降、雪が降らずに雨ばかり続いたため3千メートルの稜線の雪解けが異常に早かった。 冬の間の降雪量そのものは多いので、吹き溜まりになっていた東面や谷底の残雪はそれなりの量というよりもむしろ多いようだけれども・・・。 滝谷側など風上に登山道が多い穂高岳の稜線では、あっと言う間に雪が消えていってしまったような印象がある。 上高地にしてもトンネルを歩いて入った4月14日から連休はじめの26日までに2メートル弱あった積雪がすっかり消えていたのも印象的だった。 寒い年には徳沢あたりまで伏流していることも多い梓川の水量は春一番から大暴れしっぱなしだった。 それでも今ではいつものようにすっかりニリンソウ満開の心地よい観光地に変身している。 連休からは天候もよくて例年にないようなとても充実した山行ができた。 北尾根、東稜(各数回)、南稜、北穂、奥穂、前穂、西穂、明神縦走、燕〜槍、春の穂高を本当にこころゆくまで楽しむことができました。 仕事人がお客様より楽しんでいては恐縮なのですが、ほんとひとえに、皆様の山への情熱に支えられていることと感謝しきりです。
 蛇足でしょうか? ほんとーに春の穏やかな穂高岳を安心して楽しめるのは、これから入梅までなんです

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年5月23日 青兵衛


E

 このところの気候の変化は尋常じゃないです。
ついこないだ雪降ったと思ったら今度は夏日だって・・・。
雨も結構な量が降ってるし、山の岩肌がどんどん黒くなっていきます。 ・・・と思ってたら今日は霜注意報だって!。
 原村の梅もようやく咲いて、というかここらは梅も桜も水仙もみんなほとんど一緒に咲くみたい? 春の開花期は高山植物なみの忙しさなんでしょうか? 
 芽吹きもぼちぼち始まって、いよいよ穂高岳のシーズンが始まるぞーって感じです。 今年の雪は冬の気温が安定しすぎてたせいか、ほんとに不安定なぶわぶわ状態が長かったけど、この雨で多少は落ち着くだろうか? この寒さなら明日はワンチャンスだったかな? ただ大雨が思いっきり染み込んでるんですごい深さまでザラメってんのがきになるなあー。 まあこのまま連休までに安定することに期待しましょー。
 昨日は飛騨古川の祭りを見てきました。 ついでに高山祭りも・・・?。どっちもご自慢の屋台は雨でぜんぜん活躍しませんでしたが、夜祭の起こし太鼓はよかった。 土地の者の祭り魂を揺さぶるという太鼓の響きは、ぼくの穂高への望郷をたたき起こした。
 岳もきっと春の心を目覚めさせることだろう。

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年4月21日 青兵衛


D

4月5日。今年もまた春の大雪です。
 ふくらみかけた梅のつぼみも、雪解けの庭にやっとで咲いた福寿草もクロッカスもカタクリもみーんな雪ん中。 数日前の大雨で寒い日だけは安定しだしてた山の雪も こりゃもうただの弱層です。 きょうは雪崩のオンパレードかな? 過ぎてしまう冬が寂しい気がしていたぼくも、この手の雪には閉口。 諏訪地方でも気の早い人は冬タイヤ換えちゃってるみたいだし、登山を楽しむ皆さんも山はもちろん山麓の交通にも気をつけてくださいね。 日照時間が長いのと気温も高いんで村の雪はどんどん解けちゃうと思う。 こうしていても屋根の雪、どかどかゆってすべってるし。 庭の餌台にきてた小鳥も雪は嫌いだって、しゃべってるみたいだし。 女房は着雪で芽吹きかけてた庭木の枝が折れる心配でぼやいてるし・・・。 ぼくは西穂のロープウェイの運休見落としてて暇だし、のんびりホームページの更新に着手しちゃうことにしました。 ご無沙汰してました。 原村便りにも写真つけることにしてみようかな? ということで。 これから茅野駅のICIスポーツ新装開店に行ってきます。 あれっ更新は・・・?

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年4月6日 青兵衛



C

冬の奥上高地。 賑わったであろう正月の登山者のトレースを厳しい寒気を伴った冬型気候による吹雪が、見る間にも消して行く。 たった一晩で林道のあった場所さえもわからなくなった風雪の原生林を夏の賑わいの思い出を頼りに分け進む。
 雪原に頭を覗く人恋しそうな森林解説の看板を横目に巨木の袂にくつろぐ一時、なぜかその根幹にやさしさを感じた。 巨木は何百年もの間、大地のやさしさを地表に伝えて来たのだろう。 大きくかさのように大枝を張り出した櫟の巨木の温かみ。 『幸せ』という感覚か?。
 そんなどこかの巨木のうろの中、おそらくその一生の中で一番幸せな時をすごしているだろう小熊たちの、夢も好奇心も欲望も闘争心さえもが、もっとも生き生きとしているだろう姿や、母熊のいびき混じりのやさしさに包まれる、彼らの子供時代だけにあるだろう時間に思いをめぐらす―、 進むべき踏み跡も消えた吹雪の原生林での休息の一瞬。
 数メートル先も見通せない吹雪の中、突風は地吹雪を加勢にして、ぼくの髭面をいっそう激しくたたきつける。
 「わかってるって、おまえはやさしくなんかない。 ちゃんと脱出するさ。」
 山の自然をはぐくむ大地の、永遠の時間の中に旅立っていった友人たちの安らぎを祈り、今年の正月明け山行は明神初詣に終わった・・・。

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2003年1月7日 青兵衛


B

12月に入って、2度目の大雪。 先週同様週末前という降るタイミングの悪さもあって、今年も予定していた黄蓮谷山行は中止してしまった。 またしても南岸低気圧による雪なので、原村あたりでも30cmほど積もっている。はや、春になるんだろうか。 アイスクライミングは標高の低いところの結氷が今一つなのと、アプローチの積雪のため、行き場が限られるのか、みんな八ヶ岳の盛り場に集中してしまったようだ。 ここらもなぜか滝の水のしみ出しが少なくジャングルジム的ぼこぼこ状態が回復する見込みがない。 表面を水が滴るようであれば、寒気一発の一日で氷瀑が完成するときと同様にどんどん発達するはずなんだけど?。 どうも水量はあるのに流れが内向する傾向のようで、あまりの人出に自然がはにかんでいるらしい。 環境と人との調和はここでも困難な課題です。 ちなみに落ち口の水流をわざと滝の表面に誘導している人を見かけたとしても、ここらでは後続者への嫌がらせではありませんのでご理解ください。 

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2002年12月23日 青兵衛


A

今年は雪が早いですね。 裏同心沢の初氷登りは例年今ごろではありますが、この位雪があれば薄氷も安定しやすいと思います。 しっかり冬山シーズンにならないと、中途半端でやまのぼりもやりにくいですよね。 穂高方面の大雪はどうもたいへんなことになってるようですが、シーズン最初の寒波で1,000m以下まで大雪になるというのは珍しいことなんだろうナ。 私たちの諏訪地方はいつもどおり12月に入ってから冬タイヤにはきかえれば良いような気配ですが、東北や富山方面などでは街中でも積雪とか? スキー場も繰り上げ営業しだしたとかで季節の変化は明瞭な方が良いという場合も多いみたいですね。 ということで、今年の冬山も皆様安全で楽しく過ごされます様お祈り申し上げます。
 とは言っても、明日から権現山行。 アイゼン、ピッケル持参で冬山装備できてねって声かけちゃったんだけど、今、原村は雨。 山すその雪も減っていって、どうもかなり上まで雨っぽい。雨が凍るとたち悪いんだよね。 皆様もこの週末、お気をつけて。
 まだ、ここらは、冬山ビシバシ宣言できなかったかな・・・?

では、次の山行にも好天を期待して・・・
2002年11月8日
 


@夏山最後の剣岳山行  2002年10月14日

もう、先週のこととなりましたが、剣岳へ行って来ました。 春の山抜けでガラガラ状態だった長次郎谷下部も融雪や降雨の働きによってか、かなり安定していました。 収まるもんは収まるところへ・・・と言った所でしょうか?。 気になっていた万年雪の上での毎冬ごとの降雪が、どんな積り方でどんな風に融けて行くのか、基準の面ができたとゆーことで来年に楽しみができたのかも・・・?。 剣岳愛好者には、02堆積の名残として長く記憶に留められることだろう。 これもやはり崩壊で踏み跡がなくなり、今シーズンは苦労を強いられていた池の谷ガリーも、これは夏の間の多くの登山者の通過によって、ある程度踏み跡が定まって、連鎖崩落に巻きこまれるような怖さはなくなっているようでした。 でもこれは所詮、人の力。 春の融雪や雪崩、大雨でもとの黙阿弥ってぇ事も・・・。 はかりしれない自然の力の素晴らしさに触れ畏敬の念を新たにすると共に、登山者の情熱の逞しさにも感動させられた山行でした。 ここで剣岳方面も冬支度。 来シーズンもまた、素晴らしい岩と雪のクライミングを楽しませてください。 ありがとうございました。


山岳ガイド登山のご案内
AlpineGuide 青兵衛/青木昭司

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